「会いにゆくよ、」
 その子が笑うとうっかりなんでもほんとになるんだって信じてしまいそうで、それが俺には少しばかりおそろしかった。
「だいじょうぶ。
ひとりで電車にだって乗れるしね、道がわからなくなったら誰かに聞けばいいし。お小遣い貯めたからお金はあるんだよ。おべんと作って行くし、水筒だって持って行く。それから退屈しないように本も持って行くよ、それから音楽も。ね、これだけ準備すれば大丈夫でしょ?時刻表も調べたし。お母さんからお土産も預かってる。
だから会いに行く。」
 決めたよ私お見舞いに行く。
 久しぶりにかかってきた電話に驚いた。
 引っ越してしまった女の子。すぐ隣の、青い屋根の家に住んでた。せいちゃんと俺を呼んでた。母親同士が親友だった。引っ越すのが嫌だと言って、その子とまだずっと小さかった妹は随分大泣きし、周りを大分困らせた。
 会いに来てね、会いに行くから。そう言って離した手は小さかった。あれから一度だって会わなかった。手紙を書いてね。約束したけれどお互い忘れてしまった。親同士は頻繁に連絡を取っているようで、元気にしているかくらいはすぐ知れた。時折思い出すとなぜか口元がほころぶ。
 せいちゃんと俺を呼んでた。
 母が嬉しそうに、受話器を持ってきた。懐かしい声音が耳いっぱいに広がって、これは夢かなと少し疑う。
 記憶の中の女の子は成長しない。今でも分かれた8つのままだ。
 俺の脳裏に、8つの女の子が浮かぶ。受話器を握り、とてもとても微笑んでいる。その目はきっぱりと決意を込めて静かに光っているのだ。会いに行くからね、と笑って。
 今にも病室のドアを開けて、その小さな女の子が飛び込んでくるのではないかと思い、俺は思わず受話器を耳に当てたまま、ドアを見る。ぱたぱたぱたという軽い足音。まさか、まさかな。
『せいちゃん?』
 受話器の向こうで君が不思議そうな声で呼んだ。足音は通り過ぎ、聞こえなくなる。
 受話器の向こうの、女の子。7年前のまぼろし。なんでもないんだ、と言う声が小さく震えたのはなぜだろう。
 受話器を置いて、白く切り取られた窓の向こうの夕日を見る。病室のガラスに、15歳の自分が映る。
 あ、一番星。
 15歳の君はどんなだろう。考えて少し、夜が来るのを楽しみに思う。

(スピカ/2008062920080701)