「…馬に乗れるのか?」
 エオメルはすっかり驚いてを見ました。
 はいたずらっぽくほほえみながら、騎上ですましています。
昔エオウィンも、こんな風に得意げにわらったっけな、とエオメルは少し思い出して、それでもやっぱり妹とは違う笑顔に 、そおっと目を細めました。なにが違うのだろう。エオメルは考えます。
 はよく笑いました。たくさんの種類の笑みをエオメルに見せるのです。優しかったり少女のようだったり、あるいは女性のものであったり。 それはエオメルを、なんだか目を背けたいようなずっと見ていたいような、不思議な気持ちにさせます。
「今日はもう仕事はおしまいですか?」
 が嬉しそうな顔で訊くので、エオメルは反射的に思わず頷いてしまいました。 ハマのとても困った顔が浮かんだけれど、今更取り消すことはなぜだかできなくて、気まずくなってそろりと を見ます。は背筋をすっと伸ばして、風のその向こうを見ているようでした。
 それにエオメルははっとして、その視線の先を見ました。緑青を盛った緑の丘が、幾つも連なり空の向こうへ向こうへと続いています。は、いったい、その先を見ているのでしょうか?そのずっと先を?
 エオメルはの乗った青毛の馬を見ました。その賢そうな、優しい目を見ました。その力強い、脚を見ました。そして自分が思いついたことに驚きました。でも、面白いかもしれません。なんだか少し、わくわくして、いたずらを思いついた、少年の頃を思い出しました。そこにはセオドレドがいて、そしてエオウィンがいました。馬がいて、王がいて、そしてあかるい明日を信じていました。両親はもっと昔にいました。それでもこうふくな日々です。
 では今はどうでしょう?
 エオメルはいつもの仏頂面に、ほんの少し少年の笑みを加えてほほえみました。
「どちらまで参られる?」
 ゴンドールの騎士のように自然にやわらかく、とはいきませんでしたが、丁寧な言葉遣いでエオメルは尋ねました。は突然自分の後ろに乗ってきたエオメルにびっくりして、目を丸くしています。少し、恥ずかしくなってエオメルはいつも以上の仏頂面でむっつりと言いました。
「お送りしよう。」
 その顔と言い方とは間逆に、やさしくを抱えるように後ろから腕を回して手綱を取ると、彼女は少女のようにはにかんだ微笑を浮かべました。
「ではあの丘の向こうまで。」
 がゆったりとほほえみます。エオメルは黙って手綱を握りました。

芝生の向こうで呼んでいる
20070406