美しい。
そこは廃墟だった。
廃墟と言う言葉すら、相応しくはない。最早僅かに瓦礫を残し、そこは森と化していた。しかし良く見ればわかる、見つけることができる。僅かな痕跡。森に呑まれた、ここは確かに美しい園であったはずだった。
草を踏み分けると、歩幅にあわせて敷かれた飛石が現れる。それをポンポンとわたっていくと、円形に草の生えていない部分にたどり着いた。きっとここに、ポーチがあったのだろう。
ぐるりと辺りを見渡せば、渡り廊下だろうか、今ではすっかりヒースが茂っている、その隣には噴水、そして小さな回廊へ続く階段があったのがわかる。
はゆったりとその小さな森の中を歩いて回った。
この一体を包む森とは明らかに性質が違う。
小さな川跡を超えた辺りから、なにかとても、その土地が美しい力に包まれているのがわかった。森の中の小さな森は、なにか、神聖な力に包まれているようだった。ところどことに転がる真っ白な石の破片。ここは廃墟だ。この土地を伝説になるほどの遠い昔に去った生き物たちが住まっていた土地。
は噛みしめるような思いでそこを歩いて回った。
昔ここを、エルフが歩いた。エルフが作った。
それだけで泣き出したいような切ない気持ちがいっぱいになる。
あなたがたはここにいた。
倒れた柱のエルフ文字は、には読めなかった。
その文字をいとおしげに美しい指先でなぞって、彼女は立ち上がる。
そのままゆっくりと、回廊から庭へ続いていただろう敷石の跡が導くままに、木立のほうへ歩き出した。絡み合った木々も蔦も、うれしそうに彼女に道を開ける。転ぶことも枝を払うことも彼女には不要だった。緩やかな坂道。
ふいに茂みが途切れた。
滝だ。
「…。」
思わず彼女は、ぽかんと見とれた。匂うような緑の中に、真っ白に晒された布を敷いた様に、滝が現れたのだもの。
大きな滝からは、水が絶え間なく流れ落ちて池になっていた。流れ落ちる水を掬い止める銀板は、擦り切れている。池を囲む白かっただろう石には蔦が絡み、日の光に黄色く色あせていた。
この池のほとりを、エルフは歩いただろうか。
そっと歩み寄って池を覗き込んだ、瞬間だった。
水面が奇妙な具合にぐにゃりと歪んだ。
(え、)
水が手を伸ばす。そうとしか言いようがなかった。があっという間もなく水は彼女を飲み込んだ。彼女がゆっくりと、池に落ちる。しかししぶきは上がらなかった。彼女の黒い髪がスロウモーションのように揺れた。鳥が枝から離れて真っ青な空に飛び立つのを、彼女は見た。
たぷん、と池が一度脈打ち、そしてしんと静まり返った。
森は静寂している。
滝の落ちる音だけ、どうどう、と緑の中にこだましている。
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