「あなたがた全員エルフですか?…本当に?」
 心の底から信じられないとでも言うように、目をまん丸にして娘は一通りエルロンドからの話を聞いた後そう言った。エルフの形をして何を言い出すのか、と彼は眉間に皺を寄せる。
「あなたもそうではないのか?我々にはあなたもエルフに見えるのだが。」
 その言葉は思いのほか、娘に衝撃を与えたらしく、彼女はじっと呆けたように、エルロンドと彼の背中に立つグロールフィンデルとエレストール、ふたりのうつくしく丈高いエルフを順々に見回した。そうして最後に、ぽつりと視線を手元に落とすと呟く。
「…私は本当にエルフなのでしょうか?」
「?」
 その質問の意味は、いささかわかりかねた。
「私は、本当にエルフなのでしょうか。」
「…そう見えるよ。その星明りも、顔も、声も、皆我らと同属に思えるが違うのか?」
「…私は知らないのです。」
「知らない?」
 娘のあまりに必死で、たどたどしい言葉選びに、エレストールすらゆっくりとやさしく眉を下げた。まるでこの娘は、なにも知らぬ生まれたての子供のように見えた。しかしその言葉は。
「知らないのです。私は私が何者なのかを。」
 まるで年寄りだ。
 きょとんと三人のエルフは顔を見合わせた。まじめな顔が三つ並んで少し間抜けな顔をしている間に、くったくなく笑い出したのは天蓋の向こうに隠れていた双子の王子たちだった。
 その悪びれない笑い声は、なんとも明るく部屋に響いた。
 双子が隠れていたことに目を白黒させるエルロンドを他所に、彼らは若いエルフらしく陽気に娘の前に進み出て見せた。その足取りは踊るように軽い。
 双子の導き星の黒い髪が、銀河の星屑のように揺れた。
「おかしなことを言うのですね!見知らぬ姫君。」
「自らが何者であるかなど、賢者だって知らないでしょうに。」
 おかしそうに笑った後、双子は娘の顔を覗き込んで今度は優しく微笑んだ。
まったくこの二人は、妹がいるためなのかは知らないが、よく娘の扱いに長けていた。3人の親である卿よりも、よっぽど子供の相手が達者と見える。まだエルロンドは、まず双子を叱りつけたものかそれとも娘の話を聞くべきかで固まっていた。
 双子は娘の手をとるとやさしく彼女の両脇に座る。
「私はエルラダン。」
「私はエルロヒア。」
「「あなたの名前は?」」
「…、と、申します。」
「そう、良い名だね。」
、あなたはエルフに見えるよ。」
「耳だって尖っているし、」
「それに美しいもの。」
「とても軽いし…ああ、私たちがあなたを見つけたんだよ、。」
「池に浮かんでいた。とても神秘な景色だった。私たちがあなたをここまで運んだんだよ。」
「さすがに着替えは追い出されたけれど。」
 順々に話しながらくつくつとエルラダンが笑うと、エルロヒアも悪戯っぽく笑みを深くした。しかしその目は、やはり長い年月を生きて深く穏やかで、優しい。

「あなたはどこから来たの?」
「…ゆっくり話してくれればいいのですよ?」
 それに娘が、やっとほっと眉を下げた。しかし言葉を口にしようとすると、たちまちまたその頬の血の気は引いていった。透けるように白い。
「……エルフの…いないところから。」
 確認するように、娘は吐息だけでもう一度繰り返した。
 エルフのいないところ。
 それはとても奇妙なことに彼らには聞こえた。
「あなたはエルフなのに?」

「…私だけ、だったのです。」

 娘の顔が、初めて、今初めてやっとはっきりと目が覚めたと言わんばかりに歪められた。その目が安堵ともつかない色を映して泣き出しそうにくしゃりとたわんだ。
「私、だけ、だったのです…。」
 顔を覆って娘が泣き始めた。それはあんまり、幼い仕草だった。エルフのいないところ、エルフは彼女だけ。それだけではよくわからない。
 しかし、双子がそおっとその肩に手を回す。まるで兄妹のような光景だ、とそれを見ていた三人のエルフは誰もがそう思った。小さな妹を挟んで、兄たちが優しくそれを慰めている。末姫は手のかからない娘だった。そんな光景は見たことがない。(たとえが妹が兄を叱ったりそれにしょぼくれる兄たちだったりはよく見たものだけれど。)それは優しい光景だった。黒い髪の若いエルフたちの上に、白い光がやわらかに積もっていた。娘が泣く。小さく小さく嗚咽をこぼして、まるで人のように。
、」
。」
「寂しかったのですね?」
「そ、うです。」
「悲しかったのですね?」
「は、い。」
「…あなたはどこから来たのです?」
「…どこ、といわれても説明できません。中つ国ではあるのですが。」
「それはどこ?」
「私にも、わからない。ここから…ずっと遠い、明日、です。」
「「明日?」」
 明日、ずっと遠い明日。それはどういう意味だろう?双子が顔を見合わせた後ろで、エルロンドがはっと娘を見た。
「…それは未来ということか?」
 エルロンドの声が深々と響いた。
 それに娘が、泣きはらした目を上げる。
「はい。」



05.long long tomorrow
20071024/