「どうです、大分ここでの暮らしにも慣れましたか。」
 突然降ってきた声には驚いて振り返った。足音にも気配にもまったく気づかなかった。振り返った先でやんわりと微笑する伶人を見、はしかしそれも仕方のないことだと息を吐く。
「グロールフィンデル様、」
 エルフの王国で随一のこの武人が、そう簡単にのような小娘に気配を悟らせるわけもない。驚かせてしまいましたか?と少し楽しそうに笑う分を見るには、気配を消してきたようだ。これでなかなか、茶目っ気の溢れるエルフである。失礼、と微笑んだままで、彼はの隣にゆっくりと腰を下ろした。
「良い場所を見つけましたね。」
 確かに良い場所だった。庭の外れの緑の座。一本の樹の周りに構成された、小さなサンクチュアリ。そこに座って、鳥と戯れるエルフ乙女を見た時、彼は海の向こうを思い出した。緑と白の、光が満ちて。娘は樹と一体化するように、鳥をその身に宿らせていた。白いドレス。銀の髪飾り。一瞬彼女の義姉姫の、幼い頃の幻かと彼の目を見張らせる。
「はい。」
 笑って頷くの髪を、小鳥が啄ばんで遊ぶ。彼女はすべてをままに任せて、風に解けてしまいそうな風情。不思議な娘だ。まだ百年も生きてはいない、若いというにも幼いエルフ。
 百歳などと、幼いエルフは珍しい。子供のエルフ自体、もうここ数百年生まれていないのではなかろうか。噫もう少し早く彼女が来ていたらねえ、と話し合う女エルフたちの会話を聞いた。子供のお世話なんてアルウェン様以来だもの、きっと楽しかったでしょうねえ、と。その割りに、今だって世話をやきたがっているように見えるのは気のせいではあるまい。まったくときたらそれは奇妙な現れ方したくせに、すっかりこの国に馴染んでしまった。そのくせ時折所在なさげで、こうして構ってやりたくなった。
「あ、」
 グロールフィンデルが来たことに驚いたのだろうか。いいや、森の生き物はエルフにおびえたりなどしない――しかし確かに、彼女の肩から、ふと、鳥が一羽飛んで行ってしまった。残念そうに、が呟く。
「…いってしまいました。」
 そうですね、と相槌打ちながら彼は気づいた。そうだ、鳥に似ている。せっかく懐いてよってきたかわいらしい鳥が、ふとした物音に驚いて飛んでいってしまうのではないかと危惧するような、見ていてそんな不安が起こるのだ。
「だいじょうぶ、」
 その言葉に、がきょとりと目を開いて首を傾げた。ああほら、そういうところ、本当に子供のようだ。子供の相手をしたのなんて、もう数百年前の記憶だけれど、覚えている。
「すぐ戻ってきますよ。」
 少し笑って彼が口笛を吹くと、すぐ近くで答える囀りが鳴った。すぐに二人の頭上に、飛んでいった小鳥の頭が覗く。呼びましたか?って。ほらどうです言った通りでしょう、と見やった先で、は目をきらめかせてわらった。


08.bird
20090225/