「賢者と言えども未来は分からぬ。ならばそれを知るお前はなにものであろう?」
 歌うように、そのエルフが言った。黄金の髪をした美しいエルフは、恐ろしいほどの真っ青な星明りに包まれて、それでも微笑している。ガラドリエル。その上古のエルフの前で、はすっかり小さく縮こまってしまって、わずかに震えてもいた。このエルフは心を読む。未来のビジョンが、覗かれてしまうのではないかと思うと恐ろしかった。彼の養父となった人が言ったのだ。知られてはいけないと。なぜならそれこそが、かの指輪より強く滅びをもたらすから。
 ――安心なさい。
 少しからかいをふくんだような声が身内に響いて、ははっと顔を上げる。
 ――見ようなどとは思いません。わらわにだって、恐ろしいものはあります。
 くつりと笑ってそのエルフは、冷たいほどの星明りをやわらげた。同じ色をした瞳が、少女のように楽しげに細められて、からかわれたのだ、とは思い至る。
「おばあさま、」
 背中から麗しい声がかかる。アルウェン。気がつかなかった。目を丸くするの肩をそっと抱いて、義姉がたのもしく、ガラドリエルに向かって口を開いた。
「あまりわたくしの妹で遊ばないでくださいな。」
「まあ、」
 ころころと口元に手を当てて、笑うガラドリエルの隣で、その夫も小さく肩を揺らす。はすっかりわけがわからない。緊張で視界が、ぐるぐる回っている。
「おじいさままで!」
 すまない、と言いながらも口元が笑っている。
「もう!おふたりの新しい孫なのですよ!」
「だからこそですよ。」
 おほほ、とついに堪えられなかったらしく、ガラドリエルが声をたてて笑った。
 ――本当に、そなたは人の子のよう。
 身内に響く声すらも、笑っている。ケレボルンとガラドリエルが、こんな風に笑うだなんていったいどれくらいのエルフが知っているものかしら。はただただ抜けない緊張の中こぶしを小さく握るばかりだ。それにますます、彼らの笑いが止まらない。
 抗議する孫娘の声に、だってこの歳で孫が増えるなんて思ってみなくて、と答えてますます笑った彼らに、彼女は腰に手を当てて頬を膨らませる。ああ事実は伝説よりも奇なりだなあ、とそのやりとりを眺めながら思わず考えてしまったに、ガラドリエルがまた楽しそうに笑う。
 アルウェンが連れてきたときから、一目で気に入ったのだ。最初話に聞いたときは、不思議に思った。エルロンドが養女にまでするのが、彼女にももちろん他のエルフにも意外だったのだ。けれどこうして、目の前に置けばわかる。小鹿のように、おびえていて、それでいて若草のようにしなやか。人の子の目をして、エルフの声で歌う。遠い未来からやってきて、そしてここにいる。遠い世界に、たったひとり残されたエルフ。同類を知らず、生きてきた。だからこの娘は、同類であるはずの自分たちにさえ、おびえている。巣からこぼれた小さな雛鳥のようだ、思わず両手で、掬いあげたくなる。(そうしてそなたはどこへゆくのかしら。)彼女の身内だけで囁かれた言葉は彼女以外の誰も知らず。


09.golden forest
20090301/