明るい光の下、が歩いてきた。 「こんにちは、姫。」 チラリと笑ってロヴェリオンが杯を掲げた。それにはにかみながら「こんにちは」と返した彼女を見る限り、二人は知り合いらしかった。同じようにレゴラスにも、が挨拶をする。髪に飾られた星の形をした小さな白い花。わずかに香る。 「おや、二人はもう知り合いに?」 「ええ、先ほど森でお会いして。」 の返事に、ほう、と愉快そうに眉を片方上げてロヴェリオンがレゴラスを見る。その意味がいまいち飲み込めず、レゴラスはこっくりと首を傾げた。 それにロヴェリオンが、本当に2823歳かと呆れたように笑い、その数字にが目を丸くする。 「にせんはっぴゃく!」 年齢などというものは、永遠を生きるエルフにとってはほとんど意味のないものだけれど、ほどの若いエルフとなると話は別だ。まだ百に届くか届かないかという彼女には、まだ若い部類に分けられるレゴラスの齢も、想像もつかぬほどの遠いものなのだろう。 驚きっぱなしのに、くつりとロヴェリオンが笑い、 「私は私と同じくらいの年のエルフなど初めて見たがね。」 と言うと、は目を丸くして、それから私もですよと少し嬉しそうに笑った。 「私と同じくらい生きて若く見える人間を初めて見ましたよ。」 光が黒い髪に透けて、美しい夢のよう。 笑いあう同じくらいの年をした、星の子と人の子。優しい景色だ。眺めていてふと、レゴラスは彼女のことが気になった。 突然エルロンドの元に迎えられた末の娘。彼の伴侶が海の彼方へ去って久しく、また新たな妻をとったということでもあるまい。考えるまでもなく養女であることは明白だが、彼はその由来を知らない。 なぜがここにいて、エルロンドの娘となったのか。 他に家族はいないのだろうか。 ロヴェリオンと談笑するの仕草は、洗練された貴人のそれだ。生まれが良いのは見てとれる。しかし不思議な、その頼りなさ――世界すべて、見るものすべてに初めて出会うかのようなその心細げな微笑。 とは何だろう。 ささやかな好奇心が、レゴラスの胸中にぽこりと顔を出した。 改めてこっそりと、の顔を見る。優しい顔立ち。美しいが幼さを残した、不思議なエルフ。なるほど確かに人の子に似て、死の憂いが覗く瞳を持って、まだ東のかたにいる。 その銀の目は、静かに、しかし強い力を持って相手を見る。まず当人は、その見る者を吸い込もうとするような自らの瞳の光に気づいていないに違いない。そんなにも強い星明かり、持っていることを知らないから、いつだって心細げに小さくなって。 まるで子供だ。自らの美しさも、星の光も、自覚しない。 だからこそこんなにも脆く、は美しいのだろうか? 視線に気がついてか、がそのかんばせをレゴラスに向けた。 にこ。少し笑う。 あどけない。 幼子にほほえまれた時のように、無条件で笑みを返してしまう。優しくあろうとごくごく自然に考える。なにもしらぬ、かあいらしい君。 (しかし、本当に、それでいいのだろうか?) 物知らぬ君、その手が見るもの、触るもの、すべてみな未知のもの。 その瞳に、美しい物をひとつ、見せてやりたいとふと思う。きっと素直に、手を叩いて美しいと喜ぶだろう。君がまだ知らぬ、美しいもの、ひとつ。 花を、森を、緑を。故郷の森、美しい闇の森。見せたら喜ぶだろうか?彼女は見たことがあるだろうか?柊郷の森、白い峰の向こう、天国に近い雪原、太陽の花。変わらないもの。 ふと思い当たる。彼女は不変であることの、喜びと美しさを、知らないのではなかろうか。 (だからそんなにも)(人のような目をして)(去るものばかり、惜しみながら)(去るものばかりを)(おしみながら) そのとき思考しながら、レゴラスはまだ知らなかったのだ。人とあまり関わることのない森のエルフである彼は。まだ若い君は。移ろう命の儚さも、永遠に残されるむなしさを。 去るものを惜しむのは人の子ではない。惜しむのはいつもエルフばかり。惜しまれながら輝いて、去るものたちは自らをおしみはしない。いかないでと願うのに、時の振り子は彼らの上にのみかかり、そして死は彼らのみを迎える。そして残される。彼らばかりがこのかなしみばかりの大地に。 レゴラスには自分よりずっと、幼く物知らぬように見えた、しかしそのの方が知っていた。 もうずいぶんたくさんのエルフが、それを厭って海を渡った。 それを知る故に、彼女の瞳は問いかける。 (なぜ我々はここにいる?) 残される悲しみ、そのこどく、しかしそれでも、死すらいとしき。そのすべては幼子の瞳の中にこそあること。 彼はまだ知らない。 |
14.one thing |
20091020/ |