『貴女の御名前は?』
『私はエルロンドとケレブリーアンの義娘(むすめ)、・アルフローリエンと申します。』
『ほう。どちらからいらしたのです?』
『裂け谷から参りました。』
胸の前で両手を握りしめて、が一生懸命に言葉を発している。その前で優雅に椅子に座り、ふむ、とひとつ頷いた後で、エレストールは顔を上げた。
「発音も文法も完璧です。上達されましたな。」
普段厳しい師のやわらかい眼差しに、がぱっと肩を竦めて笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます!先生!」
『大したことではありません。』
先生という響きに少しこそばゆそうな顔をして、エレストールが少しわらう。
「筆記も申し分ない。ほとんどの書物は読めるでしょうし、会話は問題ないでしょう。」
ありがとうございますと再び今度はエルフ語で返した娘に、こんどこそ彼は優しくまなじりを下げた。
「生まれた時から慣れ親しんでいる言語だからこそ自在に操れます。それをこの短期間で修得するとは、素晴らしいことです。」
ロスロリエン行きが何度か入って中断もしたが、わずか数年でエルフ語をほぼ完璧にしたものを聞いたことがない。彼には珍しい手放しの賞賛に、は照れくさそうにはにかんだ。
『これで、皆さんに西方語をわざわざ喋っていただかなくてもお話しができます。』
『…本当に。』
『お手紙も、書けます。』
娘は本当に嬉しそうだ。漆黒の髪を肩からこぼして、エレストールは少し首を傾げた。『手紙?』
それにええ、とは胸の前で手を握ったまま、頬を上気させて頷く。まったく子供のようである。実際ようやく百に届くかという子供なのだけれど、つい、微笑ましくって。
『レゴラス様に手紙を頂いたのです。』
おや。
少しばかり、エレストールの肩眉が持ち上がる。
父王からの書簡を届けに来ただけのはずがずいぶん長い間逗留していてやっと帰ったと思ったら。緑葉の王子め、いつの間に。
エルフの殿方にあるまじき、ちょっと物騒な感想が胸に浮かぶ。
『それからガラドリエル"おばあさま"からもお手紙を頂きました。』
おばあさまとお呼びなさい。と逆らえない笑顔でいわれてからというもの、彼女は黄金の森の女王をそう呼んでいる。
『ケレボルンおじいさまからも頂いたし、』
おやおや。
白く細い指ひとつずつ折りながら、順々に名前があがってくる。
『お姉様も一人でロスロリエンにお出かけの時は必ずあちらから手紙を下さるし、』
たしかにアルウェン姫ときたら、この妹に夢中なのだ。
『そうそう、ハルディア殿にもお手紙を差し上げたいのです。この間ロリエンで迷った時に助けていただきましたもの。』
またピクリ、と眉が上がる。
『それからお兄様たちにもちゃんとエルフ語を使えるようになったらお手紙を書くと約束しましたし、』
一緒に住んでいるのにまったくあの二人ときたら。
『ロヴェリオン殿にもお手紙書かなくては。』
おやおやおや。
『それから"お父様"にも、』
最近彼女は、アルウェン姫や双子の王子、エルロンド郷をそう呼ぶ。それはとても喜ばしく、かわいらしい変化だと彼は思う。
『それからミスランディアと、』
おや?
『グロールフィンデル様と、』
………おや。
『………私は?』
言ってから彼は後悔した。
しかしもう遅い。の顔が、見る間にこれ以上明るくなれたのかというほどあかるくなる。
「書いてよろしいのですか!」
もちろんと返した言葉はあまりに小さい上にエルフ語だったが、もちろん娘にその意味は通じた。
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