「ハルディア殿!」
 なぜ。なぜだろうか。ロリエンへ訪れるなり、彼の敬愛するこの国の女王陛下の孫娘が、大層麗しい眉を吊り上げている。
「これは…アルウェン姫。どうなさいました。」
「どうではありません!なぜへ手紙の返事を下さらないのです?」
 その言葉に、彼ははっとしてそれからさっと普段変わらぬうつくしくはあるが無愛想な顔を青褪めさせた。
「それは…、」
「聞けば四年も前に手紙を出したそうではありませんか。いくらエルフに時の流れは関係ないとはいえ、遅すぎはしませんこと?手紙を預かったのはエレスサールですもの。あの方が届け損じることなどあるはずがありません。」
「…、」
「かわいそうに。はなにか失礼があったのではないかとずっと不安に思っていたのですよ。」
「!」
 ハルディアの耳がぴくりと動く。
 。小さな、頼りない花のような姫君。吹けば飛んでいってしまいそうだった。黄金の森の中、心細そうに歩いているところを見つけた時の、あの笑顔。まるで無防備な子供のそれで、彼は大いに驚かされた。
 迷子になったときは見つけていただきありがとうございました。
 と彼女が避け谷へ戻ってしばらくして手紙を受け取った。エルフ語でお礼が言いたかったので、きちんと文章を書けるようになるまでお手紙を出さなかったのだということ、礼を述べるのが遅くなってすまないということが、美しい文字と言葉で、丁寧に記してあった。
 もちろん彼はそれを受け取り、その律義さに目を細めた。
 エルフである彼女が、『エルフ語を書けるようになるまで』というのはおかしな気がしたが、突然森の奥方にできた孫娘だ、何かしら理由があるのであろうと聡明な彼はそこには特に触れない。それよりも彼が気にかかったのは、さあ、返事をどうしよう、ということだ。
 生来表情に乏しいその顔には表れていないが、姉姫に詰め寄られて、ハルディアは大変に、困っている。それを察して弟のルーミルが、見かねて思わず声をかける。
「アルウェン姫、」
「なんですか?」
「兄はもちろん、姫からの手紙を受け取りました。」
 何を言うのだと、少しばかり眉をひそめた兄に構わず、もう一人の弟が続ける。
「しかしなんとお返事を書けばいいのか迷って、」
「オロフィン、」
「それで四年も経ってしまったのです。」
 兄の一睨みで黙ったオロフィンの後を、今度は再びルーミルが繋いだ。まあ、と目を丸くして姫に見つめられ、完全に黙ってしまった兄と、少し気まずそうな弟が二人。



22+.brother
20111127/