若いエルフたちの楽しそうな声が風に乗って聞こえてくる、のだがどうしてかしら、なんとなく、頭痛が痛い、いや、頭が痛い。
『…また緑葉が来ているのか?』
 主人のその問いかけに、噫、と少し耳を澄ませてからエレストールは首を傾げる。
『そのようですね。』
 それに思わず、ため息を吐きそうになったエルロンドの呼吸を遮るように、ゆったりと快活な笑い声があがった。ジトリと声の主を見やれば、愉快そうに旅の王が肩を揺らしている。
『すまないね、闇の森を通りがかった時に偶然あったのでね。今から裂け谷へ行くのだと言ったら、うらやましがるのでね。ならば共においでと誘ってしまったのだ。』
『…別に悪くはありません。』
 その言葉にやはり上のエルフはおかしそうに目を細める。
『それにしては、苦い顔だねエルロンド!』
 娘がかわいくて仕方がないと言う顔だ、とそう言われて、彼は黙ってその眉間に刻まれたしわを深くした。
『そんなに気に入ったかい?…確かにはかわいいね。何も知らぬ雛鳥のようで、けれど我々上古のエルフにも似た、悲しく長く生きたものの目をしているよ。それに夕星によく似ている。』
 人の数え方で数年前―――彼らには一瞬のようにもずいぶん昔にも思えるような時間だったが、に初めて会った時の娘の様子を思い返して、ギルドールは静かにその眼差しを緩めた。まるでどこにも居場所がないように、ここがどこだか、何一つ知らぬ生まれたばかりの雛のように脅えていたっけ。それが今や、たくさんの優しい真綿にくるまれるようにして、やっと安心できたように明るい顔をしている。喜ばしく、微笑ましいことだ。けれどももちろんその綿は、純粋な善意ばかりが含まれてできているわけではないのだ。
 遥か遠い時間の彼方から来た娘。
 自分たちのいる"今"を存続させるために、どうしてもこの手元から離すわけにはいかない娘。吉兆にも凶兆にもなりうる、本当ならばここにいない娘。ずっと先の明日に"いる"娘。彼女以外、エルフの存在しない未来から来た。
 それがどういう意味か、思いをくゆらせるのは良い。だが決して、尋ねてはならない、答えてもだめ、ただ貝のように口を閉ざして、その玉にするように固く隠して。
『あなたが悲しいのは我々の種族を我らの敵から守るためにあの娘を隠さないといけないこと?それともその理由とは別に、あの娘があなたにとって"家族"としてかわいらしいということ?』
 長く生きた者の目が同じ悲しみごとを知る者の目を見る。木々のざわめきが遠くなり、古い書物に囲まれた部屋は静かだ。茶の香が陽炎のように立ち昇っている。少しさみしい沈黙だ。
 けれどもふいに、それをかき消すように、口端にわずかに笑みを浮かべたのはエルロンドだった。
『正式にあの娘は私の養女として迎えられたのですぞ。』
『まだここへきて10年かそこらの娘ですよ?』
『我々に時の流れなどなんの関係があろう?』
『―――つまり?』
は私の娘です。』
 そう、と小さくギルドールがわらった。もう寂しい沈黙は去ってしまった。遠くで鳥の囀る声も聴こえてくる。
『ではその憂い顔の原因は別にあるのだね?』
『さあ?』
 フイと顔を逸らしたエルロンドに、ギルドールがおかしそうに陽気な笑い声をあげる。
『いつの世も父親の心配事と言えばひとつだものね!』
 遠くで楽しそうな子供たちの声がする。



24.father and Worries
20120708/