『あら?お兄様たちは?』
『先ほどまでここにいたのですが。』
どこへ行ったのやら。馬もレゴラスのものを除いて見当たらない。耳を澄ませどなにも聞こえず、二人してしばらく、ちょこんと立っていた。緑の木漏れ日が燦々と落ちる。良い天気だ。森中明るく、若葉の盛り。宝石を散りばめたように、緑の光と影が光る。
『………もう出かけてしまいましょうか。』
まあと目を丸くしたに、レゴラスがにっこりと緑の目を細めて笑いかける。
『妹姫と従兄弟王子を放ってどこかへ消えてしまうなんて、まったくとんでもない王子たちです。』
それにふふふとが申し訳なさそうにわらった。
『………兄たちがすみません。』
ああこの人たちはちゃんと家族なのだと、ふいにレゴラスは安心する。
初めて会った頃は、兄姉たちが兄様と姉様と呼んでくれとなにかとせがんでは彼女を困らせていた。
『…ではどうぞ、。』
彼女がなにか言う前に、さっと抱えあげて馬上に乗せてしまう。白馬の上にストンと横座りになった姫君を見て、さすがに子供扱いし過ぎたかと少し反省したレゴラスだったが、当の姫君が楽しそうに馬上の眺めを満喫しているようなので、気にしなくて良いのだろう。
『どこへ行くのです?』
『手紙で約束をしたでしょう。花冠をさしあげますよ、と。』
うれしい、と子供のようにが笑って、それがあんまり無邪気で、なんだか照れてしまうなと彼は思った。それも一瞬のことで、まだ百にも満たない幼いエルフを、年長者の眼差しでゆったりと撫でた。
『は花冠を作れますか?』
『ええ、小さい頃によく作りました…でもレゴラス様ほど上手にできるかどうか。』
『教えてさしあげますよ。』
『楽しみです。』
真っ白な馬の手綱を引きながら、ゆっくりとレゴラスは歩く。それに合わせて馬も並び、その上ではしゃんと背筋を伸ばしていた。傍から見ればきっと、それこそお伽話のような二人連れ。明るい木漏れ日模様が、の白い服と馬の背に落ちている。一歩進むごとに、白銀の星明かりが日光に散らされて、きらきらと光った。
「やあ、」
ガサリと繁みの揺れる音。
「姫君と王子が連れだってどちらへお出かけかな?」
「ロヴェリオン殿!」
現れたのは馴染みの人間で、二人はすぐにくったくのない歓声をあげた。
「彼もいますよ。」
『こんにちは、レゴラス殿、姫。』
流暢なエルフ語で決まり悪そうに片手をあげたのはアラソルンだ。ふたりともいつもの旅姿であるが、少しばかり身ぎれいだった。旅の途中に寄ったのではなく、何か裂け谷に用があって、一度集落に戻ってから直接ここへ来たのだろう。
「お二人はどちらへ?」
「兄たちと遠乗りに行くつもりだったのですが、二人が見当たらないのでレゴラス様が花冠の作り方を教えて下さるのです。」
アラソルンの質問ににこにことが答えると、「花冠ねえ…、」とどう反応したものか、と考えあぐねたような風の子の返事が転がる。御一緒しますか、とにこやかに的外れなエルフ二人の言葉に慌てたように人間二人は首を振り、それにエルフたちはおっとりと首を傾げる。
「いえ、今日はエルロンド殿に報告があってきたので我々は…、」
「俺が行っても柄に合わないしな。」
「そうでしょうか?」
それに勘弁してくれとロヴェリオンが両手を上げてお手上げのポーズだ。「90超えた男が花畑で花を編んでる姿を想像してみろ…まず俺はそこまで手先が器用じゃないんだ!」そう言われてとレゴラスは顔を見合わせた。花畑に座ってブツブツなにか言いつつぶきっちょに苦戦しながら花を編んでいる黒づくめに剣を佩いた不精髭の男。
「…かわいいと思いますよ。」
「ええ、とっても。」
言わせておけばと振り上げられた拳をさっとよけて、明るく声を上げながらレゴラスが馬上へヒラリと飛び上がる。そのままさっさと手綱を越しに握って、笑いながら駈け出してしまった。
後にはポカンとしたのと片手を振り上げるポーズのままそれを見送ったのと二人の人の子が取り残された。緑葉の金の髪が日光のように笑いさざめいて、白鳥の夢のわらう声も顔もがそれこそ夢幻のようだった。
だというのにまあ、
「まったく、あれじゃ子供の遠足だな。」
呆れた笑い交じりの文句だけ、緑の小道に残っている。
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