やあ見つかった!とちっとも悪びれない様子でドワーフたちが声を上げたので、もつられてにっこりと笑ってしまった。
 エルフ式の"ささやかな"歓迎の宴は終わって、辺りは夜の帳に包まれてひっそりとしている。しかしここは目蓋を閉じては眠らないエルフの国だ。けれどもそんなこと関係ないさと笑い飛ばすようにして、実は陽気で、なおかつホビットに負けないくらい食べることが好きなドワーフの殿方たちは、自分たちの持ち寄った食料で豪華な夜食を楽しんでいるのだ。赤々と焚き火の爆ぜる音と、低い楽の音、それから声低い笑い声は、裂け谷の夜の静けさの底にひっそりと、けれども燃える焚き火のように、明るく横たわっている。きっと眠っているエルフの耳にも、その陽気なお喋りは届いているだろう。けれども誰も、何も言わないのは、このドワーフたちの様子があんまり楽しそうだからかもしれない。
 急な来客ですっかり相手をできなかった子供の寝顔を確かめに出た帰り道だ。赤々燃える炎の小さな影と楽しそうな話し声、それから美味しそうな匂いとが、彼女の足を引き止めた。
 そうっとバルコニーへ続く扉を開けると、パイプ草と、それからソーセージの焼ける匂い。やっと肉を口にできで、ご機嫌なドワーフたちは、驚いた顔をし、彼らの不得意な"エルフ"が顔を出したことに顔をしかめるものも、奇妙に困ったような表情をするものもいたけれど、それよりも若いドワーフたちは、満腹感とパイプ草の与えてくれた幸福感とで、至極平和的に、やあ、と言ってのけた。
「見つかったな!」
「お前が笛なんて吹くからだろう!」
「葉っぱのサラダに満足してないことがバレちまう!」
 次々飛び出す言葉に目を丸くして、それからエルフの姫君は、おかしそうに笑い始めた。その様子は彼らの思い描く"気取り屋の" "高慢ちきな"エルフとは程遠かったので、ただその人の美しさがひどく際立って、なんとなくどきまぎしてしまう。淡いすみれ色の夜着の上に、深い夜色のマントを羽織ったアルフローリエンは、夜の女神の眷族のように見えるのだ。
 しかし当の本人は、おかしそうに無邪気な笑いをひっこめたあとで、すぅと大きく息を吸った。
「とてもいい匂いなので、つい、起き出してきてしまいました。」
 いたずらっぽいその言葉に、ドワーフたちはきょとりと顔を見合わせる。楽しそうにするのはフィーリにキーリにボフール、それからボンブールにオーリで、ドワーリンにドーリにノーリ、グローインなんぞは思いっきり顔をしかめている。あとは困っていたり、なんて言ってるのかいつでもいまいち不明瞭だったり色々だ。
「エルフのお姫様も肉を食うのかい?」
 興味深げにキーリがパイプから口を離し、「霞でも食ってるのかと思ったよ。」 とフィーリが後を続ける。
「もちろん食べますよ。」
 とおかしそうに告げられた言葉に、ふむ、とグローインの手にある枝に刺したソーセージについ、皆の目がいく。
「……やらんぞ。」
 グローイン、としたしげな声がいくつか上がって、軽い非難と厚い賞賛が同時に投げかけられる。
「いいじゃないかひとつくらい!」
「バカ言えエルフにやる飯なんぞないわい!」
「そのエルフに飯をもらったろう!」
「あんなもん飯の内に入らんわい!」
 わいのわいのと、ずいぶんな騒ぎだ。
 それにくすくすと姫君が肩を揺らして笑って、ボフールは「お姫さん、あんたほんとにこれでも楽しいのかい?」 少しびっくりして目を丸くした。屈強なドワーフたちにしてみれば、吹けば飛びそうに儚い姫君だ。けれども厳つい顔に囲まれて、ちっとも怯えるそぶりもない。
「ええ。ドワーフの殿方にお会いするの、わたくし、初めてです。」
 にこにこと楽しそうに姫君が言う。こわくはないのかとか、ヒゲもじゃで嫌でないかとか、そもそもエルフとドワーフは仲が良くないはずなんだけどとか、なんだかどうやら、この姫君には関係ないらしかった。変な子だなぁ、と帽子をかきながら、ボフールはちょっとこまって口端を持ち上げる。変な子。まあ多分、幼い子供のようなもので、もちろん悪気も悪意もひとつもないんだろう。
「金を出すんなら食わせてやってもいい!」
「ケチくさいぞ!」
「金銭感覚がしっかりしとると言え!」
 そうなると俄然、大人気ないのはこちらのようだ。
「……俺のひとつあげるよ。」
「まあ、ありがとうございます。」
 は素直ににこにこ枝ごと受け取って、嬉しそうにする。なんだ、かわいいもんじゃないか。相変わらず騒々しくやりあっている仲間を尻目に、焚き火をいじってみたりして。
 馬鹿騒ぎに飽きたのか、オインがこちらへ寄ってくる。
 ちょいちょい、と姫君の頭を指でさして、「ああ、これですか?」 どうやら髪の飾りが気になるらしい。
「なかなかいい細工だね。」
 素直に褒めると姫君はまた嬉しそうにする。
「ドワーフの作ですか?」
「残念ながら違うようだよ。」
「見事な細工をされると聞いています。」
「そりゃあもちろん、一級品さ。」
「そうそう、こんな髪飾り、足元にだって及ばないさ。」
 もちろん彼らの目にはその髪飾りが相当な昔、おそらく上のエルフの時代のそれらのエルフの手による作だとわかっていたけれど黙っていた。半分は自分たちの腕に自信があるのだし、もう半分はもちろんエルフへの意地なり対抗心というやつだ。
「お姫さんの髪は黒いから、なにか作るんなら白銀がいいだろうね。」
「…真珠と、」
「ダイヤでしょう!」
 オーリもついたえきれなくなったのか口を挟む。
「いいなぁ。ミスリルで蜘蛛の糸より細い糸を鋳ってそれを編んでさ、星のように宝石を散らすんだ。」
「ああ、腕が鳴るなぁ。」
 蹄鉄や包丁、鋤や鍬じゃなく、思う存分に腕と富とを奮って美しい品々をもう一度作れたらなぁと彼らはつい場所も状況も忘れてため息を吐いた。
 三人揃ってため息を吐いていると、今気がついた、というように鼻息も荒くドワーリンがギロリと睨む。
「俺は作らんぞ!」
「頼んでませんよう!」
「あっ、誰だいつの間にそいつにソーセージやったやつは!」
「髪飾りより冠がいいんじゃないかな?」
「ふーむ、ちょっと髪を編んでみたらどうだ?」
「おい、見積もりも金をもらうからな!」
「ケチだなぁまったく!」
 静かな裂け谷の夜が、今日はずいぶん賑やかしい。
 急な来客で、しかもあまり友好的な交わりのない種族の客で、けれども礼節を重んじもてなすことが嫌いではないこの国のエルフたちが、明日の朝ごはんにはきっとドワーフたちの口に合う食事を作るだろう。きっとそれくらいは、仲が悪くても彼らもわかっているはずなのだ。けれど彼らは夜通し起きている。陽気な騒ぎで、けれども決して、この国で眠らない。自分たちの限られた旅食で、空腹を満たし、待っている。
 そうには思えた。
 きっと彼らは翌朝までここにいまい。
 魔法使いと共に、エルロンドと書庫へ向かったはずのドワーフ二人とホビット一人の姿が、のエルフの目に映った。むつかしい顔をして、けれどもほのかに、その表情が期待に輝いている。
 そっとはマントのフードを頭に被った。
 まさしく彼らは異邦人だった。ほんの少しの間、羽を休め、旅発っていくだけの。


41.born artisan
20140422/