04.機械人間の望み
「それはおかしなこと?」
という小さい少女がそおっと尋ねた。そのことには少し笑った。
「すきなんだね、あれのことが。」
小さくうなずいた少女の頬はばらいろなぞではなかった。白く透き通って、その覚悟だけ、浮かんでいる。年不相応の、しかしなんと勇ましい戦乙女のような清らかな顔。こんな時代自分にもあったろうか、とは思い出そうとしてやめる。不毛なことには時間を割かない主義だった。
「ひとつもおかしくなんてないよ、。」
だから彼女は笑ったのだった。それにやっとは、安堵したように肩の力を抜いた。
「じゃあ私、このままでいてもいいのね?」
そおっと吐き出された言葉は、大切なひとりごとに似ている。
「もちろん。」
がニヤ、と笑い、も少し笑った。
「たいせつならそのままでいいんだよ。」
そのままがいい。が静かに続けた言葉も、珍しく真面目に響いた。そのことに彼女自身も気づいたんだろう、ニヤと笑って、ポンと膝を叩くと「さあて、」大げさに伸びをして立ち上がった。それにも続く。
「相談おしまい!あーあ疲れた!」
「先生、ありがとう。」
「…どういたしまして。」
でもまあ約束通り飯作るの手伝ってもらうけどね。ニヤリと笑った笑顔は少なくとも世間一般の医者が浮かべる微笑のイメージとはかけ離れており。子供たちの間ではもっぱら海賊との評判である。しかしそのニヤという笑い方は、どうにも子供たちをひきつけてやまないのだった。その言葉にが、はあい、と笑う。の料理下手はまったく一級品である。フグは捌けるんだ、フグは。これが彼女の口癖だ。おかげで彼女の寝室には、ヤカンとコンロ、そしてカップ麺が常に装備してある。医者の不養生とはこのことですか、と、どこかの機械人間に小一時間説教された思い出はまだ記憶に新しい。
なにが食べたい?カレーライス以外。なにそれ!二人の楽しげな(一方はいつだっていささか面倒くさそうではあるが)会話が広い家の中、転がる。台所に入れば片付けから始めなくてはいけないのは目に見えていて、子供の方は片づけをしてご飯を作って、と時計を見ながら計算している。昼ごはんに間に合うかしら、それとも先生の家で食べていくって連絡したほうがいいかしらって。
案の定流しに積み上げられた食器の類にが、チラリと3時のおやつまでには帰れるよね?と不安になりながらも、ムンと腕まくりした時だ。(もちろんは椅子に跨って背もたれに腕をいたまま、がんばれ若人、と完璧に傍観の体制を決め込んでいる)ジリリ、とけたたましく古風な玄関のベルが鳴った。先生、出てー!はいはい。完璧にどちらが家主かわからない状況。
どこからこの食器の山を崩すべきか、が考えている間に、が客人を連れ立って戻ってきた。
「、お迎えだよ。」
「。」
「エプシロン!」
台所の惨状に、目を丸くしながらエプシロンが笑っていた。エプロンをつけて今まさに掃除に取り掛かろうとしていた様子のに、彼は隣の白衣を呆れた目で眺めやる。しかし彼女はそんな視線どこ吹く風で、手が増えた、と口笛を吹いた。
「…子供になにやらせてるんですか。」
「相談料さ。ねえ?。」
「そうなの!だから私台所お片づけして、先生のご飯作らなきゃ。」
「手伝おうか?」
「ありがとう。でもいいの!私がやるって言ったから。」
頼もしく腕まくりして、笑うに、そういうことでお宅の姫さん借りるわねぇ、とがからから笑う。相談?と心配そうに眉を寄せたエプシロンに、は過保護だねえと笑い、逆にのほうは先生言っちゃだめだからね!と顔を赤くした。そんな二人のやりとりも気にならないように、エプシロンは何かブツブツと呟いている。相談?何か悩みが?私にはいえないような?いや、しかし。それには呆れた目で笑い、エプシロンの肩を心配しなさんな、と強く叩いた。
「だめったら!言ったら絶交だからね!もうご飯作らないよ!」
「絶交?そいつぁ大変だ。私の昼飯が。」
というわけでやっぱり内緒だエプシロン。ニヤリと笑われた上になんだか楽しそうな二人に、機械人間はますます頭を抱えた。まったくほんとに人間みたいなやつなんだから。がこっそりと笑う。ねえあんた、今自分が機械だってこと、忘れちゃいないかい?言葉にされなかった問いかけは、ただの眼鏡の奥で、静かに瞬いている。
|