promiss before we born.



 気がつくといつも、風景はモノクロだ。
 黒と灰と白とで構成される景色の中に、わたくしは立っている。
 時間はゆっくりと流れ、どこか遠くで秒針が規則正しく鳴っている。灰色のローブは風に靡いて、大きくはためく。
 風の色を知覚することは、わたくしの眼球には不可能な話で、ただモノクロの草木を風が揺らす。色がないだけで、世界はどこもかしこも荒野に似ている。乾いてひび割れて、寂しい風景。たとえ贅を極めた邸宅の庭であっても、無味乾燥なグレイ。

 在りし日の午後、彼は黒いローブを纏って庭に立っていた。
 背の高い草がその足下で揺れ、彼の黒髪もまた、同じように風に靡いた。モノクロの中で、いっとう上質な黒。

「シリウス、」

 呼ぶ声ですら色はない。わたくしの髪はずいぶんと長く、風に煽られしばしば視界を塞いだ。
 彼は灰色の荒野の中心で、物憂げにその銀の目を上げた。モノクロームの世界であっても、その瞳の灰色は硬質に輝いている。そういったものをおそらく銀と言うのだ。色彩をなくしても輝くもの。ほたりとひとつぶ、雨が落ちた。
「シリウス、どこへ行くのです?」
 風はやむことを知らないように、わたくしから彼を遮ろうとする。ローブの裾が大きく広がって、太鼓のような音をたてる。
「どこへ、」
 黒い梢がざわざわと鳴っていた。鶫が空へ、舞い上がる。
「どこへ?」
 彼は笑った。少しあざけるような調子をしていた。

「…ここじゃないならどこへだって。」

 なのにその目ばかりが真剣で、泣き出しそうな響きを持って。
 なぜそこであいしていると言って、わたくしは彼に連れて行ってと縋らなかったのか。
 なぜそこであいしていると言って、彼はわたくしを色のない庭から攫ってゆかなかったのか。
 なぜそこでわたくしは、彼をなだめ、引き留めることをしなかったのか。
 なぜそこで、彼は明確な別れの言葉を口にしなかったのか。
 なぜわたくしは、いかないでと言ってあげることができなかった?
 なぜ彼は一緒に行こうと言ってくれなかった?
 なぜわたくしはその場で泣いてしまわなかったの?
 なぜ彼は、泣きそうな眼をしていた?
 なぜそこで、わたくしはさようならを言わなかった。
 なぜわたくしはただ静かに立ち尽くし。
 なぜ彼はさみしく笑って背を向けて。
 なぜわたくしは、どうしてあなたは。
 なぜ。
 なぜ?
 風がわたくしと彼の間をたっぷりと吹き抜けていった。
 なぜ。
 繰り返し続けた問いに答えはなく、太古から唸り続ける風の音は、いつもわたくしたちの間にある。






(うまれるまえからのやくそく)