weakness in


「なかなかかわいいと思わないかい、リーマス。」
 大げさな身振り手振りで、ジェームズが笑って見せた。
「えええ…あいにくと僕にはそういう趣味はないよ。」
 紅茶にぽとりと砂糖を落として、味見をひとくち。リーマスは大げさに眉をしかめる。少し淹れ過ぎただろうか、わずかに苦みが勝った。どれ、では砂糖をもう一粒。しかしもちろん彼が顔を歪めたのは紅茶のせいではない。
「だいじょうぶ。僕はほら、エバンス一筋だからね!」
「それはそれで彼女には迷惑な話だと思うよ…。」
 てんで人の話を聞きやしないジェームズは、うきうきと、言葉を続ける。
 親指でグイと指された先に、見知った少年を見とめ、リーマスは静かに首を傾げた。ニヤリと口端を持ち上げながら、ジェームズがもう一度、その少年の隣を指す。

「シリウスの新しいかーのじょ。」

「が、かわいいって?」
「違う違う。趣味じゃないな!」
 もちろんリーマスはわかっていた聞いたのだ。わははとその質問に笑って、ジェームズが無意味に杖を振る。別段なにも、起こさない。
「5年に上がるまで律儀にこんにゃく者ちゃん一筋だったのに、家と喧嘩して婚約破棄になって家を出て?6年になったその途端これだよ?何人目?7人目?」
 こんにゃく者って何者だろうか。
 ちょっと想像したらリーマスは吹き出しそうになったが、スルーする。
「それってかわいいの?」
 銀の匙でくるりと紅茶をひと混ぜ。琥珀色がはっきりとする。
「かわいいじゃない!いとしのちゃんを忘れようと一生懸命なくせに、彼女以外じゃだめだってこと思い知らされるばかりなんだから!ばっかばかしくって!」
「…。」
 悪趣味だね、とは言わなかった。黙ってリーマスは紅茶をすする。

「しかし彼はフェミニストかと思ってたがそうでもないみたいだね!なにせ半年で7人だからねぇ。これぞまさに!ジョージイ、ポージイ、プリンにパイ!女の子には?」
「…キスしてポイ。」

 砂糖がたりなかった。
 もうひとつぶ、と紅茶に砂糖を落とすリーマスの横で、ジェームズがなお笑う。長い足をもてあまし気味に、少し机に引っかけてぶらぶらさせている。そのうち椅子ごと後ろに倒れそうだな、と思いながら、リーマスは特にはなにも言わなかった。本音を言えば、一度倒れればいいとすら思っていた。

 シリウスは最近になって煙草も吸いだした。
 代わりを見つけようと躍起になっている、というよりは、嫌われたくて必死になっている、というような気もする。どちらにしても方法が子供っぽすぎるし、なによりそれでは、巻き込まれる女子たちがかわいそうだ。
 そういうところに気付けないのが、彼の最大の欠点だろうな、とリーマスはまさしく他人事、そう考察する。
 シリウスはそもそも、極端だ。
 自分にとって大切なものはごく少数で、それらには必要以上に優しく、なにかと世話を焼きたがる。自分にとっての敵に対しては、それが譬え血縁であろうと、冷徹なまでに残酷で、一縷の情け容赦もない。そしてその他。それがおそらく、大部分を占めるのだろう。そうしてそれらについては、本当にその他、どうでもいいのだ。だから無邪気に残酷だし、どんな軽い扱いをしても平気だ。その他。どうでもいい―――どう扱っても、どうしても、どう捨てても拾っても遊んでも、どうでもいいのだから。
 大切なものはたいせつだから、傷つけるわけにはいかない。敵は敵だから、しんでしまってもちっともかまわない。どうでもいいやつは、どうでもいいから、どうにでもなればいい。
 極端だ。というよりまるで子供そのまま。

「馬鹿だよねえ。」

 ぽつんとリーマスがしみじみ言って、それにジェームズが目を丸くしてそれからおかしくてたまらないように笑いだす。
 そう言えばこの男もそうだった。
 とリーマスは思いながら紅茶をすする。
 ただジェームズに関して言うならば、シリウスと違って無自覚ではないのが問題だ。自覚があって、わがままかつ傍若無人に振舞っているのだから、無自覚とは別の意味で、性質が悪い。しかし同時に、無自覚よりはよっぽどましだ。
「君らってほんと、性質が悪いよね。」
 どちらにせよ性質が悪いことには変わりがないので、素直にそう口に出す。
「あはは!なんだいそれ!一緒にしないでくれよ!」
 ジェームズが笑う。
「一緒にはしてないよ。シリウスは純粋だ。君は不純だもの。まったく逆の、性質が異なるものだろう?」
「う〜ん、不純ってなんだかさ、イヤラシイ響きがしないかい!」
「そうかな?君の思考回路がいやらしいんじゃないかな、きっと。」
「きっついなあ!」
 ちっとも気にしちゃいないジェームズに、リーマスは笑って肩を竦める。

 純粋、それこそまるで気味の悪い童話のように、今この時ばかりは思えてならない。無知がうつくしいだなど、誰が言ったろう。無知は罪だ。無自覚はたやすく他人を傷つける。それは無責任と一緒だし、無視とも繋がるものばかり。無意識、無感動、無関心。純粋であるが故の?馬鹿な。そんな絵空事、どうにかしてくれ。
 さすがに砂糖を淹れ過ぎたのか、リーマスにすら紅茶は舌が痺れるような、もつれるような感覚を与えた。かといって渋い紅茶で薄める気にもならない。
 影と形。よく言ったものだ。
 シリウスとジェームズ。こんなにもよく似て、共にいながら、対極にある者もあるまい。
 ジェームズはきっと、傷つけまいと思えば誰も傷つけずにいられるに違いない。恋人も友人も毛嫌いする対象や仇でさえも。
 シリウスは違う。
 金髪の少女が、シリウスの腕に細い腕をからめて楽しそうにしている。やがて彼女は気づくだろう。隣の少年の、自らへのまったくの無感動な無関心に。
 シリウスは傷つける。
 興味のない者、毛嫌いする対象、嫌いな者。
 それだけではない、なにより守りたい者までみなすべて。
 その優しさすら、きっと誰かを傷つける。

「馬鹿だなあ。」

 もう一度リーマスは呟いた。
 そうしたら思いのほか鼻の奥がツンとして、噫それでも僕はやはりこの二人を人生の親友だと、唯一無二の恩人だと感じ、深くあいしているのだと思い知る。
 ああまったく。
 今ならバタービールでだって酔っぱらえるなと、そう思った。







(かれのよわさ)