dress of the night


 校内でレギュラスと会うのは久しぶりだった。
 寮も学年も違うのだから当然と言えば当然かもしれなかったが、彼はあえてそうしている節がある。それはもちろんわたくしのためだったろう。だから梟の運んできた手紙で、中庭に呼びだされたときは少し驚いた。
 まだ皆が起き出す前、真っ白な朝の光のなか、レギュラスは庭に立っていた。
 最近驚くほど背が伸びた。
 似てきたな、と思う。それを言うとレギュラスはとても嫌がるに違いないので、思うだけ。

「…あなたにこれを着てきてほしいんです。」
 レギュラスが緊張した面持ちで言った。
 差し出された箱は大きく、抱えるほどもある。真っ白なリボン。色のなくても白と黒、それから銀は見分けがついた。
「この包みは何色なの?」
 その問いにレギュラスは、少しほっと息を吐いて 「ごくごく淡いブルー」 と答えた。わたくしの目にはあかるい灰色に見えた。
 花の形に結ばれたリボンを解く。
 箱を開くと、あらわれた、漆黒。夜をそのまま切り取ったような…所々に星が散りばめられた、漆黒のドレスローブ。
「これをわたくしに?」
 持ち上げるとサラサラと柔らかい音がした。
 ブラックだ。夜の空。夜の星。
 その問いに彼が頷く。

「…クリスマスのダンスパーティーで、着てほしい。」

 これを着て僕と踊ってくれと彼は言っているのだ。
 わたくしはようやく、この唐突な贈り物の意味を理解する。きらきらと手の中で輝く漆黒。これを着て、クリスマスのダンスパーティーに、わたくしが、レギュラスと。
 その意味がわからぬほど、ものをしらぬ娘ではない。


 きっとわたくしとシリウスの婚約を知っていてその破棄をしらない人間は、わたくしとシリウスが踊ると思っているだろう。
 5年にあがりシリウスが家を出て以来、さまざまな女の子と付き合っているのは周知の事実。わたくしもシリウスも、もう7年生になる。きっとわたくしのことなど忘れている者も多いだろう。婚約だとかブラック家だとかショパン家だとか、そういった小難しいややこしい秘めごとを、なにも知らない大多数はダンスパーティーの会場でこう思う。
 とレギュラスが踊っている。が真っ黒な、夜のような美しい漆黒のドレスを着ている。
 それを見て、察しのいい、ある程度魔法界のことを理解している人間がどう思うか。
 ―――ああ、ふたりは、結婚するのだ。
 そう思うだろう。
 それほどブラック家は、その夜空の威光は、強く、知れ渡っている。


 レギュラスは今まで、わたくしとシリウスが婚約していたことはほとんど知られていなくとも、交際していたと広く思われていたことを理解している。そして彼の兄と、彼自身の人気と、それから家柄のことも。
 だからレギュラスは今まで、わたくしとのことを殊更に公にしようとはしなかった。
 それはもちろん、わたくしへの配慮であっただろう。

 もし彼がわたくしと婚約したことを隠しもしなかったら?
 学校へ上がってから、あるいは上がる前から、ずっとシリウス・ブラックと交際していた・ショパン。5年生に上がってシリウスは家を出たらしく、新しい彼女を星の数ほど作った―――は振られたのだ。
 と、そう思っていたら次の新学期にはそのシリウスの弟とは交際、通り越して婚約していた。

 極端に傍から、私とブラック家の兄弟の様子を見れば、こうなるだろう。
 実際には、わたくしたちの関係は普通この年頃の少年少女が考えるような "お付き合い" ではありえない。ただ家同士が、婚約と言う形で婚姻の約束を結んでいるだけだ。
 しかし周りには、そのようなこと関係あるまい。
 シリウスに振られたは、その弟に手を出した。あるいはレギュラスが、家を出た兄からその彼女であるを奪った。あるいは、あるいは。
 それらの意味のない憶測たち。
 レギュラスはそれを、侮辱であり浅ましい戯れ言だと考えている。それと同時に、それらが悪意であり、わたくしを傷つけることをなにより危惧していた。
 だから彼は、沈黙を選んだ。
 夏休み、彼の生家で会う時以外に、ほとんど親しく言葉を交わしたこともない。
 しかし彼は、それを、やぶると言う。
 漆黒のドレスを着て、卒業の年、最後のクリスマスパーティーで彼と踊って欲しいと言う。
 それは。

「…わかりました。」

 そう答えた瞬間、レギュラスが子供の頃のように安堵の息を吐く瞬間を見てしまった。
 すぐにあわてて、きりりとした顔を作るが、広い庭でかくれんぼをして、上手く隠れ過ぎたために誰も見つけてもらえずに、ついに泣き出した彼の前に、泣き声を聞いてあわてて駈けつけてきたわたくしと彼の兄を見つけた時の表情と同じだった。
 彼はまだひとりであの庭に、あの家にいるのだ。
 初めて気がつく。
 楽しみにしています、と小さく、どこか弱弱しく呟かれた言葉に、わたくしは頷きを返すのが精一杯だった。






(よるいろのドレス)