morning blue 暖炉で赤い火が燃えている。パチパチ、という子供の拍手に似た音を聞きながら、ソファーに座って火を囲んでいた。健やかな寝息はサティのもので、いつの間にか丸くなって眠ってしまった。今ルツは毛布をとりに部屋へ戻った。 静かな夜だ。 卒業を明日に控えたわたくしたちは、どうにも眠れず、夜更かしをしていた。 「は卒業したらどうするの?」 順々に回ってきた問いが、ようやっとわたくしにまで回ってきた。 ルツは治癒者になる。サティは、5年生になってから付き合いだしたグリフィンドール生と結婚をする。クローディアは闇祓いになる―――もっとも過酷で、もっとも厳しい仕事。 「…そうね、身体が弱いので働きにも出れないし…家へ帰るわ。」 その答えがなんとも、3人に比べて情けないような気がした。 「そっか。お嬢様だもんね。」 クローディアが少しばかりさびしそうに笑う。 いつも陽気なこの友人が、こんな笑い方をする。そのことがせつなくてせつなくて、思わず口に出していた。 「…遊びに来てね。」 その言葉に、今度は彼女は目を丸くして、それからにっこりと笑った。 「もっちろん!」 もちろんわたくしは知っている。彼女が混血であること。これから彼女には、つらいことが多く待ちうけているのだ。時代は暗い。夕日が坂を転がり落ちるように、暗く、重くなる。 それは誰の目にも明らかな闇の到来だった。 クローディアはなにも言わない。闇払いになるということは、闇の陣営と戦うことだ―――命を賭して。 そうしてわたくしが、きっと結婚するレギュラス・ブラックは、闇の陣営に加わるに違いない魔法使いだった。あえて彼女が、その話題を避けてくれるのを知っていて、わたくしはそれに甘えている。 いつだったか、家を出なさいよ!とわたくしのために声を上げてくれたクローディア。シリウスが好きなんでしょう?まっすぐな目。わたくしはいつも、その目を見る度色をわからないことが惜しく思う。彼女の瞳は、とてもきれいな、宝石のような緑をしているそうだから。今も目の前で、その瞳が穏やかにまっすぐ、わたくしを見ていた。 「なぁんか、7年って言ってもあっと言う間だったわね。」 「…そうね。」 ルツが帰ってきた。 そおっとサティに毛布をかけながら、「もうこうやってこのおてんばの世話焼くこともないのねえ。」 となんともおかしく淡々とそう言うものだから、思わずわたくしもクローディアもぷーっと吹き出してしまった。なんとなく、じゃじゃ馬でお転婆なお嬢さんをやっとこ嫁に送り出す母親代わりのおばさんって、こんな感じなのかしらというような具合だったのだ。 「ルー!なんだか今の言い方、老けて聴こえるわよ!おかーさんかおばさんみたい!」 クローディアもそう思ったのは同じらしく、笑いながら口に出す。 「そりゃあ老けもするわ。この子のラブレターの文面、毎日のように一緒に考えさせられてもみなさい。」 銀の髪をサラリと背中に流しながら、ルツがソファに腰を下ろす。スラリとした長身。いつも涼しげな目元が、今日ばかりはなんとなく、やわらかいような気がする。 「これが来月にはお嫁さんで、1年もたたずに母親よ?信じられない!」 「ふじゅんせーいせーこーゆー!」 「まあ!」 くすくすと額を合わせて、3人で秘密のおしゃべり。サティは眠っている。満足そうな寝顔は子供のようだ。やわらかそうな巻き毛が、頬にかかっているのを見て、そおっと指先で払ってやると、むにゃむにゃと何事が口の中で呟いたが聞き取れない。 「で?はどうするって?」 「実家へ帰るんだって。」 へえ、と言いながら、ルツが煙草に火をつける。いつからか煙草を覚えた彼女は、時折こうしてその細い棒を口にくわえるが、それがなんとも艶めかしく、わたくしには見えて、いつもどきどきしてしまう。反対に、クローディアはその煙りが嫌いで、盛大に咳き込んで見せる。もちろんルツもそれをわかっていて、わざとやっている節があるのでしかたがない。 げっほげほとわざとらしく顔の前で手を振って煙りを払う仕草をしながら、「この不良娘!」 とクローディアが眉をしかめる。 「これが白衣の天使になるだなんて!詐欺だ!」 「なぁに、それ?」 そう言いながら、ふうっと煙りを吐きかけている。 「マグルの世界でいう治癒者の助手の白い服着たおねえさんたちのことよ!」 「生憎と知らないわねえ。」 「ムッキー!!」 二人とも相変わらずで、おかしくて笑ってしまう。 「何笑ってるのよ?ちゃ〜ん?」 「だって、ふたりとも、ふふ、いつもと同じ。」 「あんただってそうじゃない。」 そう言われてきょとんとする。 「クローディアが馬鹿でかい声でさわいで、サティが一緒に騒ぐかマイペースになんかやらかすか寝たりしてて、それで私がこうやってそのお子様二人の面倒を見ているのを、おかしそうに隣で笑ってるの。それが。」 片方眉を上げて、ルツがニヤリと微笑む。 ちょっとお子様ってどういうことよ!と息巻くクローディアをひょいと交わしながら、ぷかりと煙りを吐く。 「私、あんたのこと好きよ。」 「えっ、」 「ルー!私は!私は!?」 「…はいはい、好き。」 「私も好き!」 「わ、わたくしだって!」 何の大会?とげんなりしたようにルツが前髪を掻き上げる。しかし口端が、笑っている。楽しそうだ。むにゃりと寝言で、サティが 「私がいちばんみんなだいすきぃ、」 と言ったので3人とも大笑いしてしまった。真夜中の談話室で、なんてこと! けれど今日くらいは、構わないかしら。だって明日で卒業なのだもの。 そう思うとなんだかとつぜん寂しくなって、しゅんとする。 それを敏感にかぎ取って、クローディアがぐいと肩を寄せて笑った。 「だぁいじょぶ!4人はいつまでもかわんないわ!」 目をぱちくりさせたわたくしの逆隣で、ルツが神妙に頷く。 「この年になったら、いまさら性格なんて死ぬまでかわんないものね、」 かわいそうに、と締めの言葉はクローディアに向けて煙草と一緒に。 それにまたクローディアが怒って、わたくしが笑って。 噫なんだかいつまでも夜が明けない気がしてきた。こんなに明るい楽しい夜を、わたくしはついぞ聞いたことがない。けれども7年間、この同室の友人たちのおかげでわたくしの夜も昼も、光に満ちていた。色はなくとも、笑い声と、光と、おしゃべりとに満ちて。 「…ありがとう。」 そう言ったら、二人とも目を見合わせて、恥ずかしそうに黙ってしまった。それに笑ったら、ギロリと睨まれる。 「調子に乗るんじゃないわよお、!」 「そうよ?おねえさんをなめると痛い目みるわよ?」 「えらそうに言うけどルーだって同い年でしょ!」 「…だからなんでそこであんたがつっこんでくるのよ…。」 また始まった。 だんだんと窓の外が白けてきて、暖炉の火も灰がちになってきた。やだなあもう朝?というクローディアの言葉が、起きている3人の心を代弁してるように思った。きっとサティは、自分が途中で眠ってしまったことを知ったら、怒るだろう。どうして起こしてくんなかったのよ!と言って。 それを考えたら少し笑えた。 4人でひと塊りになって、すこし寒いのでソファの上で寄り添いあう。 少しうとうとしてきた。 両サイドのふたりぶんの体温と重みが心地よい。早起きの鳥が泣き出した。 「まっさお、」 クローディアが呟いた色を見られないことが、やはり残念で、でもそれでも構わないと思った。 「、」 ついぞここ数年、呼ばれなかった声がわたくしを呼んだ。 この部屋に響くはずのない低い声だけれど、その声ならこのホグワーツのどこに落ちてもおかしくない。 振り返るより先に、わたくしはその声の主を悟る。 なぜ来たの。 泣きたいような気がし、初めてわたくしはその声に苛立ちを覚えた。 「まったく、合言葉も女子寮という看板も役にたちゃあしない。」 「ほら、あんたの王子様、来たわよ。」 ルツが呆れたように半眼で振りかえり、クローディアが笑う。 弟くんは、騎士さまって感じよね。といつもの軽口。 少しばかりぎくしゃくとした気分を吹き飛ばすように彼女がもう一度陽気に笑って、そうしてわたくしの背を押す。行っておいで、と。助けを求めるように振りかえった先でルツが後ろ手にひらひらと手を振る。 わたくしはあきらめて立ち上がる。 「…シリウス、」 黒いローブの彼が、談話室の入口に立っていた。 (あけがたのブルー) |