someday's seen



 シリウス・ブラックと、・ショパンの婚約は、それこそわたくしたちがこの世に生を受けるより前から、決まりきっていたことでした。
 正確には、ブラック家とショパン家の婚姻が。

 彼はブラック家の長男として世に生を受け、その家系によく見られるように、全天一の青色恒星の名を授かった。上質なベルベットの黒髪に、銀の目、美しい形を持って生まれた。麗しいのはその見目だけでなく、幼い頃からずば抜けた才能と知力、才覚を発揮し、大人たちを感嘆させた。
 しかしいつの頃からか、彼は大人を喜ばせることをしなくなり、その卓越した頭脳の弾き出した答えはどうやら、彼を一族から孤立させた。
 少年であるのに君は陰鬱そうな影を常に纏い、自らの一家の所業に対して常に冷笑的だった。それでなお残酷なほどに明るく、自信に満ち溢れた様子は、それでもなおまさしく待ち望まれた男児の姿だった。
 シリウス・ブラック。それこそが彼のすべて。真っ暗な夜の中の、寂しい青い、ひときわ明るい一等星。

 わたくしはショパン家の長女として世に生を受け、同時に母親を失い、その名を継いだ。父も兄もそれはわたくしを可愛がり、慈しんで育てたが、滑らかな黒い髪、白磁の肌、黒曜石の目、弱い体。成長するにつれ母親に似るわたくしをかなしみもした。わたくしは兄と父を愛し、また、時折寂しさを覚えた。その環境はわたくしを内向的で大人しい娘に構成した。
 わたくしは生まれつき色を知らず、しかしそのことを誰にも知られずに成長した。黒と白の世界。それでも光は明るく、空はやわらかく、世界はうつくしい。
 ・ショパン。その名はわたくしだけのものではなく、同時にわたくしのすべてだった。


 シリウス・ブラックと・ショパンの出会いは、生まれて1年を数えた頃だったそうなのだが、記憶にはないので省くことにする。
 わたくしが覚えている限り、シリウス・ブラックは、物心つく頃にはすでにわたくしの生活の一部となっていた。よって、わたくしの中に、明確な彼の第一印象というものは存在しない。気が付けば彼は当たり前にわたくしの婚約者であったし、彼もそうだったろうと思う。
 彼はわたくしを 「」 ではなく 「」 と呼んだ。

「その方がいいだろう。」

 と少し照れたように言う彼に、彼がそう言うのならそうなのだろうと、わたくしは肯定の意味で首を傾けた。

 わたくしたち二人が並ぶ景色は、大人たちにはずいぶんと好ましく映るらしかった。二人で大人の輪に入ると、常に様々な意味のない賞賛や親しみのこもったからかい、裏の見え隠れする賛辞などに囲まれてしまうものだから、それは彼の気に障ったし、わたくしの神経を参らせた。
 しかしお互いから離れるということが不思議と思いつかなかったわたくしたちは、常に大人や、その他の子供の輪から離れたところに二人であった。
 それはますます、大人たちには美しく見えるらしかった。
 大人たちの思考は、わたくしたちには理解しがたく、それでいて興味を特別ひくようなものではなかった。
 ただ彼は当然のようにわたくしにやさしく、わたくしもまた、彼に対してやさしくあろうと、当然のようにつとめた。


 物心つく以前から、わたくしの世界に色はない。
 それでも兄が 「、ご覧、こんなにも真っ赤なばらがたくさん、見事に咲いたよ。」 と笑えばわたくしは 「なんてきれいでしょう。」 とその赤を褒め称えたし、父が新しいドレスを着たわたくしを見て 「やはりお前にその色はよく似合うね。母さんと同じだ、」 と抱き上げてキスをくださる時、その色がどんな色なのかわからずとも、わたくしはすすんでその色の服を僕妖精に頼んだ。

 わたくしが色を知らないことを知っている人間は、この世にただ二人である。
 シリウスとレギュラス。
 シリウスはわたくしが打ち明ける前―――記憶に残っている限りよりまえから、わたくしに色のないことを知っているようだった。何時気がついたのか―――そもそもわたくし自身、自分以外の他人には、世界はどうやらもっと違う色どりで見えているらしいと気づいたのがずいぶん遅くなってからなので、よくわからない。
 レギュラスはわたくしたちが学校に上がり、しばらくしてから偶然にそれを知った。

 レギュラスとは、シリウスの弟でわたくしたちよりも年齢がふたつ下になる。
 わたくしとシリウス、二人だけの小さな輪に、入ってこられるのは常にレギュラスだけだった。
 幼いころ、彼はシリウスを 「兄さま、」 と呼んでは後をついて回り、わたくしのことを 「姉さま、」 と呼んで同じように後をついて回った。わたくしもシリウスも、小さな彼がかわいらしかった。
 レギュラス・ブラックは、兄にとてもよく似たおもざしをして、私には暗いグレーに見える瞳は、黒みがかった茶をしている(のだそうだ)。やさしい性格で、いつも、大人たちの期待に応えようと、細い足で必死に立っているこどもだった。
 そんなレギュラスを、わたくしたちはいとおしく、いじらしく思った。
 だから特別、彼がわたくしたちが二人でいるところへやってきて、普段両親には見せないようなあまえたな表情を出しても、なにも言わず、それに答えたものだった。
 そんな風に、遠くでまだ幼いわたくしとシリウスが、さらに幼いレギュラスの相手をする光景は、やはり大人たちを喜ばせた。
 そうしてその事実は、なおさらシリウスを苛立たせた。






(いつかのふうけい)