give him the key to immortal circle



、」
 彼は手持無沙汰な様子で、しかしまっすぐにわたくしを見て立っていた。
 何から話そうか、なんと言おうか、迷っているようだった。わたくしは黒い服を着て、静かに彼を出迎えた。彼もまた、黒いぴしりとしたマグルの服を着ていた。もともと普段から、彼はあまり色のついた服装をしないが、黒いネクタイが、よく似合っていると思った。

「だいじょうぶか。」

 その問いかけはあんまり小さくおとなしく、彼のものではないようだった。
「…まだよくわかっていません。」
 少し笑うと、シリウスのほうが泣きそうな顔をした。
 泣いていいのに。
 家族を失ったのはあなた。あなただ。
 ではわたしが失ったのは、いったい誰だったのだろうか。
 婚約者だろうか、弟だろうか、友人だろうか、恋人だろうか――――どれも違うように思った。良人となる人を亡くした。どうしていまでも、恋人と聞くと目の前のこの人が思い浮かぶのだろうか。けれども同時に、シリウスと家庭を作る自分を、想像できない自分がいた。レギュラスとはすんなりと、どんな家族になるのか思い浮かぶのに。
 昔まだ結婚の意味を知らなかった頃、それがずっと一緒にいる約束だと思っていた頃―――その約束を交わすのがシリウス以外にいるなどと思いもよらなかった。その意味を知って大人になったわたしは、彼とは "結婚" できないことを知った。それはお互いの家のため?それとも生活のため?お互いの性格のため?どれも違う。
 わたしの真実の、世間一般の本来の意味での "婚約者" は、レギュラスの他におそらくなかったのだ。しかしずっと一緒にいる約束を交わしたい人は、たったひとり、昔から変わらない。とっくの昔にゆびきりをした。おそらく生まれる前に。
 どうしてその二つを、共に平行してちぎれないのだろう。
 目の前にして、やはりシリウスが好きだと思う。だってそれは、生れる前から、唯一知っていた感情なのだ。ロマンチックが過ぎる?馬鹿馬鹿しい。ならばこんなに現実が、ビターなはずがない。これが素敵な夢物語なら、わたくしは彼の手をとって逃げたろう。それができないここは、やはり現実の限界なのだ。ただシリウスを好き、それだけで許されない現実がわたくしの内にも外にもある。
 例えそれでもかまわないから愛してほしいと言った人がいた。シリウスを好きなままでいいから、それでも傍にいて欲しいと言った人がいた。わたしはその言葉に甘えていた。優しいひとだったのだ。ふたつも年下のくせに、ずいぶん大人びていた。
 その人ももういない。
 不思議なことだと、そう思う。
「シリウスはだいじょうぶですか。」
 くしゃり、シリウスは自らの前髪を撫でつける。泣き出しそうな彼の癖。変わっていないことに、どうしてこんなにほっとするのか。そういえば卒業以来、一度も顔を合わせていなかった。背の高い彼は、少し痩せたようだ。いぜんよりも鋭く尖ったような印象だが、顔つきは優しくなったと思った。少し疲れた、ようにも見えた。
「俺は平気だよ。…捨てて来た家だ。関係ない。」

「…でもあなたの家族でしょう。」

 長い沈黙の後、彼は 「そうだ」 とぽつりと答えた。
「シリウス、」
 声だけでおいでおいでをする。
 シリウスはゆっくりゆっくりと歩くと、ようやくわたくしの前に立った。
「だいじょうぶ、」
 そおっとその背中に腕を回す。一度彼ははっとしたように身をこわばらせて、それからぎゅうと抱きしめ返した。子供のようだ。レギュラスとぜんぜん違うけれど、指先の縋るようなしぐさが同じで、少し微笑ましかった。肩口に額を寄せると、ずいぶん懐かしい匂いがする。
 わたくしたちはずいぶんと、あの小さな弟をかわいがった。
 いつからかわたくしたち三人の立場は、知らぬ間に拗れて、とうとうこんなところまで来てしまった。それでも変わらないもの、たしかにこの場に満ちている気がした。わたしとシリウスの胸と胸の間に、レギュラスがいるような気がする。
 ぐすり、と小さく鼻を鳴らす音がした。
 シリウスの腕の力が強くなる。
 彼は今なにを考えているだろう。

「…秘密は守るよ。ぜったい守る。死んでも守る。」

 ようやっと、シリウスはそう言って顔を上げた。その顔に涙の痕はなかったが、少し、銀の目が濡れて光っていた。久しぶりに、その銀を間近に見たと思う。その目の中に、彼とおなじ星がある。彼の炎が移ったように、銀の星は輝きを増しているように思えた。
 そおっと背中に回していた片手を伸ばしてその頬に当てる。
「死んではいや。」
 噫、レギュラスにもこうしながら、そう言ってやれたらよかったのだといまさらに思い知る。
 私はレギュラスに、こう、言いたかった。
 気がついてももう遅い。
 泣く代わりに少し笑うと彼も笑った。懐かしいやりとり。

「…ねえ、シリウス。」
 シリウスはじっとわたしの目を覗きこんでいた。その顔を少し上げて、ちょっと口端を持ち上げる。
「ん?」
「レギュラスのこと、せめないでやってね。あの人、本当に一生懸命だったのよ。最後にわたしたちを守ってくれた。シリウスを守人に勧めたのも彼だし、闇の陣営から抜ける決心をしたのも彼よ。…彼はなにからも逃げたりしなかった。」
 それは嫌味か当てつけか、とむすっとしてシリウスがわたくしの頭の上に顎を乗っけて呟く。
 彼はどうやら、未だに卒業式の朝、私が怒って口にしたことを根に持っているらしい。
「…ひょっとしてまだ根に持っているの?」
に怒られたのなんて生れて初めてだから忘れようがない。」
 その返事がおかしくって笑ったら涙が出た。
 シリウスが笑うな、とちっとも怒っていない声音でいうものだからますますおかしくてたまらない。失われた輪が、戻ってきた。笑いすぎて、ぽこぽことお腹が熱い。
 そうしたらシリウスも笑いだして、しばらくふたりとも、抱き合ったまま笑っていた。
 目が濡れているのは、互いに見ないふりをした。





(えいえんへのかぎをあたえる)