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 どうやらわたくしがホグワーツをたった1年離れている間に、目まぐるしく世界は動いているらしい。もちろん知っていたことだが、シリウスが不死鳥の騎士団に入っていることは知らなかった。つまり、彼はレギュラスの敵として戦っていたわけだ。もちろんレギュラスの与していた闇の陣営こそ世界の敵なのであろうが―――なんとなく複雑だった、ふたりのことだけ見たら、世界を巻き込んだ壮大な兄弟喧嘩にして思えなかったのだ―――。そう考えるとすこし微笑ましくって、もちろんそんなかわいらしい事態ではない。わたくしはあらためて眉間にしわを寄せる。
 ふたりが手に杖を持ち殺しあうようなことにならなくてよかった、とどこか遠くでそれだけ思う。
 ようやく笑いを引っ込めた後で、彼はショパン家を訪れた本来の役目を果たすために、兄の書斎へ移動した。
 もちろん兄が、秘密の番人を頼むために呼び寄せたのであるし、騎士団からもこの家の警護をいいつかったらしかった。

「俺には騎士団の仕事がある。秘密の厳守のためには、接触しないほうがいいだろう…だからもうここへは来ないし連絡もとらない。…すべて片付くまで。」
 チラリと最後の言葉を言いながら彼がわたくしを見る。
 首を傾げると、まあいいさ、とシリウスは兄を見た。
「闇の陣営の勢力は増す一方だ…エドも一緒に戦ってくれると嬉しい。」
 そう言うと思っていたと兄が苦笑する。
「でも私は臆病者だからね。」
「自分でそう言えるやつは逃げたりなんてしないさ。」
 あえて彼はついさっき、根に持っていると宣言した言葉を口にした。
「…嫌味ですか?」
「どうだろうな。」
 ニヤリとシリウスが笑う。
「何の話だ?」
「こっちの話。」
 少し頬を膨らませたわたしとシリウスを交互に見て、兄は不思議そうに微笑した。

「しかし私が戦いに出る間誰が家族を守る?」

 それからふいにまじめな顔になる。そう、兄には妻も子もいるのだ。
 しかしそれにめげることもなく、シリウスは 「おいおい、」 とわざとらしく肩を竦めた。
「お前の勇ましい妹君のこと、忘れちゃいないか?」
 その言葉に兄はびっくりしてわたくしを見下ろした。
 わたくしはくすくす笑いながら腕まくりをする真似をして見せる。
「まさかエドワード、知らなかったのか?お前の妹の成績!」
 シリウスと一緒に笑いだす。おかしいな、彼とこんな風にふざけて笑い合ったことが今まであったかしら。
「こいつの闇の魔術に関する防衛術の成績ときたら、ピカイチだぜ?信じられないことに俺とジェームズを軽く凌駕する!ああ!ショパン家の令嬢が健康診査さえ通る身だったなら!と闇祓いの局長が歯軋りして悔しがったというN.E.W.Tの結果は今でも伝説にだなぁ!」
「…オーバーですシリウス。」
「嘘は言ってない。」
 どこかまぶしそうに、目を細めて兄がそのやりとりを見る。
 ひどく楽しい気分でいっぱいだ。レギュラスがつい一昨日亡くなったばかりだというのに。けれどこの明るさは、確かにレギュラスが連れてきたものだ。彼の言葉の通りに、今シリウスがここにいる。ぽこぽことお腹の底で、小さく誰かがわらっている。
 だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。きっとすぐにこうやって、みんなそろってわらえるよ。
 こんなに晴れ晴れとした気持ちは久しぶりだった。
 明るい日射しのその底に、レギュラスの死が、沈んでいる。しかしそれは、青く透き通った水の底、光を照らすみなもの模様が、彼の頬に落ちている。わたくしにその青は見えない。しかし透き通った水のやわらかさや、優しさは知っている。
 彼の亡きがらは見つからないそうだ。
 どこで死んだの、なぜ死んだの。
 おそらくわたしの部屋を訪れたその時から、彼はそのつもりだったろう。

「だから大丈夫よ、兄さま。」

 、さようなら。
 夢うつつに聞いた言葉を、わたくしは忘れることにする。
 ひょっとしたら、ひょっこり帰ってくるんじゃないかしらとすら、なんとなく思えた。もちろんそれは、そうであればいいというわたくしの願望に違いない。けれどそれでも、そこ、かしこにレギュラスの気配がした。まもられているように思った。
 ずっと小さな弟だと思っていたのに―――その認識も、何時の間にか、とっくの昔に改められていたのだ。
 最後の最後でレギュラスは悪しきものと闘った。シリウスはずっとそれらとの戦いを続けていて、クローディアもまた、戦っている。ルツは今頃そうして怪我をして運び込まれてくる人々の手当てに大わらわであろうし、サティは子供を背負って逞しく生きている。
 わたくしは今まで、自分がまるで自らの問題しか見ていなかったように思えた。
 やはり世界は、生まれ変わったのだ。
 先陣に立って、戦えるような体を持っていないことを初めて惜しく思う。それでもわたくしの魔法の腕で、きっとやり遂げられることがある。シリウスがそのことをさも当然のように教えてくれた。そう、わたしにできること。今からでも遅くはない。遅くはない。

「義姉さまも、子供たちも、わたしが守ります。それに秘密はシリウスが守ってくれるもの。きっと見つかりっこないわ。」

 だからだいじょうぶ。
 きっとなにもかも元通りになる。
 獅子座の心臓は小さな希望を連れてきた、狼の目玉はただいつもわたしに道を示す。そうしてわたしは、いつも信じている。夜の冠を被った二人の少年のこと。蛇の中にも獅子はあった。天狼は決して孤独なばかりではない。そうして自らの内に眠る、鷲の智慧を継ぐ強き意志を。
 そう、夜の空は明るい。





(じつはとてもいさましいかれのいもうと)