隠れ潜む生活を続けて、どれほど経ったろうか。
 世間から隠された旧い別荘は、外の壮絶な戦いなど知らぬように、穏やかな光にくるまれていた。守ると大見得切ったものの、襲来のしの字もない。ないに越したことはないのだが、いささか拍子抜け、ではある。あらゆるものから隠されているだけに、外の様子はとんと知れない。時折兄から、手紙が届くも、こちらから便りを出すことはできなかった。
 わたくしは先々週あたりから、どうも体調が、思わしくない。
 今襲撃にあったら、果たして義姉と幼い甥っ子とを護りとおせるものかしらと、思わず不安になる。
「…、あなた、ひょっとして…?」
 義姉が、目をまあるくして、それからその目をきらきらときらめかせだした。

「赤ちゃんが、いるのではなくて?」
 熱っぽく囁かれたその言葉にはっとする。
「……ぇ、?」
「心当たりが、あるのね?」
 どうしてこんなに義姉はうれしそうなのかしら。まあなんて素敵!とくるくる甥と手を繋いで踊りだした義姉のマイペースさが、この時ばかりはありがたいようなおかしなような気がして、思わずくすりと笑った。それからそんな場合ではないと、慌てて目を下に落とす。
 まさか。
 そおっとお腹を押さえる。いつもと変わらないように思える、ぺたりとした腹部。
 まさか。

 それからの日々は目まぐるしいほどあっという間だった。なにより義姉の、張り切りようが、なまなかなものではない。
「ああ、!あなた生む気はあって?そう!そう、ならぜひ生みなさい!そうしなさいな!きっとあなたはそう言うと思っていましたわ!ああ、エドに知らせてはダメね、あの人とってもシスコンだもの、根掘り葉掘り聞こうとして怒ったり騒いだり大変に違いないわ。だいじょうぶ、今あの人は忙しいから、黙って生んでしまえばいいのよ!そうなさい!だいじょうぶ!私誰の子かなんて聞きませんわ!いいのです!そこに!愛が!あれば!!」
 びっくりした。
 輝いている。普段大人しくおっとりした印象の彼女が、こんなにも生き生きと、溌剌としたところをあまり見たことがないのだ。そう言えばこの人は、グリフィンドールの出身だった。
 どうやって手配を整えたのか、義姉はさっさと兄に知らせずすべての準備を整えてしまった。まさか本当に子供がいるのだろうかと疑い半分に日々を過ごす内に、あっという間にお腹は大きくなって、そのうち大きな荷物を背中にも腕にも背負って、煙突からサティが転がり落ちてきた時にはもっと驚いた。彼女はもう三人の母親であるのだ―――卒業してすぐに、双子を産んだものだから。
「ああちゃん!もうだいじょぶよ!」
 義姉とサティを並べた時、初めて気がついた。このふたり、顔形は違えど中身がそっくりなのだ。
「だいじょうぶよ!私三人も産んでんだからぁ!」
「私だって一人産みましたわ!大丈夫です!」
「おばたま、これ、あげうー!」
 サティと、義姉と、甥っ子とに騒々しくもかいがいしく世話を焼かれて、まったく驚いたり悩んだりする暇もない。
 気がつけば満月のようにお腹がまぁるい円を描いて、ついにその日が、きてしまった。


Schlafendes Jesuskind




 どうすればいいのか。そればかりわからなかった。
 そおっと手渡された物体が、重たい。
 わたくしの腕のなか、目を開いた、小さな小さな子供の顔。ああう。言葉になる以前の言葉でわらう。
「………、」
 ほろりと涙がこぼれた。
 笑っている。ちいさないのち。
 噫おかしいな、なんだかわたくしは、最近泣いてばかりの気がする。
 子供が目を開く。わらっている。

「…ぎんのめね…、」

 わたくしの世界で、それはいつでも唯一の色だったもの。
 それはシリウスの血だと思った。不思議だ―――不思議な、不思議な生き物。お前はだぁれ?
 わたくしと、レギュラスと、それからきっと、シリウスの、さんにんの、こども。
 
 あたたかい、いのち。
 生きている。






(ねむるみどりご)