letter from far 大変に申し訳ございませんと、キイキイと甲高い声でその僕妖精は言った。 「…クリーチャー?」 そう名前を読んだ彼女に、僕妖精が感きわまったように声を大きくする。茫然とした顔から、目玉が毀れおちてしまいそうだった。 「お嬢様はわたくしめの名前を覚えていてくだすった。」 「ええ、もちろん。」 「お嬢様はわたくしめの名前を覚えていてくだすった!あれから一度もお屋敷に来るどころかお手紙のひとつも下さらなかったお嬢様が!」 「もちろん覚えていましたよ。さあ、お願いだからもう少し静かにしてくださらない?子供が眠ったところなの。」 「おお!子供!」 彼の顔に怖れとも歓喜ともつかない表情が稲妻のように走った。しかし彼女は穏やかにそれを見下ろしており、不思議なことにその穏やかな微笑はこの情緒不安定を極める僕妖精の精神を、奇跡的に安定させた。 「…お手紙をお預かりしております。」 役目を思い出し、恭しく老僕妖精は頭を垂れる。パチンと指を鳴らした後で、そのシワだらけの手のひらに、真っ白な手紙が乗った―――と言っても真っ白だったのは昔の話で、年月の経過のためだろうか、端が黄ばんでいる。 「手紙?」 震えそうな気がする喉で、彼女はそれを受け取った。 シンプルな封筒の表には何もない。裏を返すと、R.A.B.と流れるような文字があった。 「――――ありがとう。」 目の前で読まれることを期待していたのだろうクリーチャーが肩を落とすが、それに気づかぬふりをして彼女は微笑んだ。 「どうもありがとうクリーチャー。また子供が起きているときにでも、遊びにきてちょうだい。」 めっそうもない!としかし嬉しそうに叫びながら、「クリーチャーはお仕事を果たしました。ではこれにて失礼いたします、またお嬢様が昔のようにお屋敷に遊びにきてくださるとよろしいのですが―――!」 パチンと消えた。 7つになったばかりの子供は、もうすっかり眠っている。 彼女は震える指で封を開いた。ななねんの昔から、来た手紙だ。 懐かしい景色が、眼前に広がる。 几帳面な彼の字。 へ。 突然の手紙で驚いたでしょう。 死人から手紙が届くなど、気分のいいことではありませんから。しかしどうしても、書いておきたいことを、僕は思い出しました。 クリーチャーは無事にこの手紙を届けたでしょうか?彼の忠誠心こそ本物ですが、いささかそれが勝ち過ぎて、彼の精神を不健康にしてはいないか、気にかかります。 急いでこれを書きました。どうしても、書いておきたかったのです。 昨晩言いたかったことの、ひとつも言えていないことに、僕は今朝こうしてあなたの部屋を離れてから気がつきました。しかしそのどれも、言わずにいてよかったとすら思うのです。この手紙が、届くか届かないのかすらわかりません。だから届かなかったら、それでもいいやというような、少し投げやりな気持ちですらいます。しかしそれでも、書いてあることはすべて、 僕の心の真実です。 幾つかのインクの染み。 ペン先を紙面に付けて、しかしそこから動かさずに止まったままでいると、そういう染みができる。それがいくつか、並んでいた。何度も何度もためらうように、迷うように、ペン先を置いては離すまだ若い青年の横顔が、ふいに彼女の前に浮かんできた。 そこから先は、ずっと余白だった。ためらうような沈黙が、そこにあった。あるいは悩みに悩んで言葉にできずにただ白い便せんに染み込んだ溜息が。目には見えない文字が。真っ白な文章が、そこにあると彼女は思った。 ふいにほたりと、白地に雨が降って、彼女は慌てて目を擦る。 いけない。 乾いた大地に雨の降るように、水は降った。 初めて彼女は、手紙の主のためだけになみだを流せたと思った。 ―――レギュラス。 「…――――、」 あいしている。 「 、」 あいしていない。 どちらも真実だ。 それでもいいよと、彼が笑った。 それでも君を、あいしている。 諦めたように、便箋の最後に、苦笑気味の文字。 言いたいことは、たくさんあって、もっと気の利いたことが書ければよかったのだけれど、悩みすぎるのは僕の悪い癖だね。もうそろそろ出発しないと。時間切れです。思わせぶりなことばかり、書いてごめん。 さようなら。 どうぞ、あなたがこの先もずっと健やかでありますよう。 ―――愛をこめて。 R.A.B. (かなたよりのたより) |