letter in hardness 組み分け、朝一番の吠えメール。好奇の視線。ブラックの嫡男が、グリフィンドール。そのニュースはたちまちに、学校だけでなく、魔法界を駆け抜けた。 当の本人は、まるでなにも気にしていないようで、やはり、少しばかりまいっていた。 人目を避けて、わたくしたちは中庭の片隅で会った。 「吠えメールって、ほんとにあるんだな。」 真紅と黄金のネクタイをして、初めて見た、とシリウスが薄く笑う。 気にしていないようで、気にしている。 吠えメールの大声は、それこそ朝食の広間を突き抜けて、城の外の湖まで届くような大音量。レイブンクローの席に座るわたくしの耳にも、当然うるさいほどに届いた。 ―――ブラック家の長男が、獅子寮!獅子寮!なんということ!!なんという!おお、恥辱の極み!信じられません!ブラックの恥!不良息子!おまえは、お前は、なんという、おかげで私はいい笑い物です!お前など、お前など――!! 聞いているこちらの胸が、凍るかと思うような言葉だった。 それを投げてよこしたのは、ほかの誰でもない、彼が嫌悪する、しかし、それでも、その事実をたがえることはできない――彼の母親なのだ。 吠えメールが空中でパチンと燃え尽きたその後、彼はその場で肩を竦めると、隣に腰かけた眼鏡と大笑いし始めたが、なにか感情のうねりを堪えているのがわたくしには遠目にもすぐにわかった。 めだたないように、生家の梟が運んできた手紙を、封を開けずに捨て、そのまま梟の足に、 『シリウスへ。』 とだけ書いた小さな紙を結わえた。 なんと書けばいいかわからなかったし、なにもかく必要がなかった。 その晩すぐに 『中庭 南東の隅』 という簡潔な返事が来た。 夜の庭は静かだ。 寮監に見つかりはしないだろうか、見回りの教師や管理人に会わないだろうかなど、微塵も思わなかった。手紙を受け取ってすぐに、うすいストールを肩からかけて部屋を出た。 そうして指定の場所にたどり着くと、わたくしの行動のあまりの速さにシリウスは驚きながら、やはり泣きそうにわらった。 今梟を飛ばしたばかりなのにさ。お前ってときどきやっぱりものすごくいさましいよ、と。 「わたくしも、初めて見ま…聞きました。ずいぶん大きな声で…びっくりしてスプーンを落としてしまいました。」 胸を押さえて、目を丸くして言うと、彼はくつりと笑った。 よかった。 ほっとして、しかしそのあと、やはりよくわからない気持ちになる。 「まったく、あんな大勢の前で吠えメール寄こすほうが恥だと思わないか?」 わたくしが首を傾げて肩をすくめると、彼は少し笑って、それから、ふいにその眉が下がった。 「ついに俺には不良で不要で最悪な放蕩息子という烙印が大勢の前で押されたわけだ。」 「…シリウス、」 「構わない。これでうるさい連中も俺にブラック家の恩恵とやらを求めて群がってくるのをやめてくれりゃあいいんだがな。」 彼はホグワーツに来て以来、その家柄と容姿で、さまざまな人間に取り囲まれている。常になく早口で、彼はさまざまのことを小声でまくしたてた。それらの言葉すべてが、耳を通り過ぎていく。どれもが彼が、ほんとうに話したい言葉ではないと分かっていたからだ。 あらかた言葉を吐きだした後で、シリウスはようやくぽつんと口を開く。 「お前も俺のこといらなくなった?」 ほんの小さな囁き声で、しかしわたくしの耳には確かに届いた。 いらなくなる? 一瞬その意味がわからない。 生まれる前から、シリウスはわたくしを構成する要素だった。いることが当たり前で、当たり前で、当たり前だったのだ。いらなくなる?シリウスが、いらなくなる? 考えたことがなかった。 わたくしにシリウスがいらなくなること。シリウスにわたくしがいらなくなること。考えたことがなかった。シリウスが必要か、否か。だって世界が始まる前からの約束なのに。 そうでしょう?シリウス。 当たり前すぎた。だからこそそう尋ねることができなかった。 空気の存在を、不思議に思ったことはない。魔法の存在を、奇跡と感じたことはない。すべて、すべてが生まれる前から当たり前のように在って、当たり前のように享受していたから。 「いいえ。」 わたくしの持てる、すべてのやさしさを込めたいいえだった。 シリウスが少し笑おうとして、しかし失敗した。その額が、わたくしの肩にゆっくりと降りてくる。 「ちょっとだけ、」 「はい。」 「ちょっとだけな…、」 ぎゅうとその腕が、わたくしの背中に回った。 「嫌いだったのではないのですか。」 「…なにが?」 「おばさまのこと。」 「…だいきらいだ。」 涙声で彼はつぶやいた。 そっと抱き返した背中はまだ薄く、幼いころ、抱き合ってはしゃいで遊んだあの頃と、ひとつも変わらないように思われた。 握りつぶした手紙の中身は、読まずともわかっている。 そうしてまた、こうしてわたくしのそばでしか泣けないこのかわいらしい人が、かの家からより遠ざかり、わたくしからすらも遠くなることも、予感している。 それもまたみなすべて、言うなれば世の始めからの決まりごと。 (かちゅうのてがみ) |