short spring



 ホグワーツでの生活は、やがてシリウスに生来の明るさと快活さを取り戻した。そのことはわたくしをほっとさせたが―――同時に新たな心配事の種も生まれた。
 むしろシリウスの復活したその元気は、有り余っているようだ。
 寮が違っても、シリウス・ブラックの名前が聞こえてこない日はないほどだった。それもあまり、ほめられたようなことではないような――悪戯三昧の様子である。ホグワーツに上がる前に、多くの呪文と魔法を習得してしまっている彼は、その悪戯にもたっぷりと、難解な魔法を織り込んでいるらしい

 シリウス。

 女子たちは頬を染めてきゃっきゃと彼の名を口にし、男子は彼を気に入らない者、称賛する者、のだいたい二通りであるらしい。
 そうして彼と同じ頻度で、むしろセットで聞こえてくる名前がある。
 ジェームズ・ポッター。
 それはどうやら、ホグワーツへ向かう汽車の中で出会った、あの眼鏡をかけた少年の名らしい。ポッター家の子息だとは、知らなかった。なにせわたくしときたら、前日に緊張しすぎて眠れなかったために、行きの汽車ではほとんど目を開けていても眠っているようなものだったのだ。

 間もなくシリウスは、あの中庭の隅で、わたくしを彼に、改めて紹介した。


・ショパンだ。…俺の、こんやくしゃ。」
 ぶっきらぼうに―――しかしそれは照れ隠しだ、彼はそう言った。
 そういう説明のされ方をしたことがなかったので、わたくしは少しうろたえる。

「こんにゃく?」

 そんなわたくしたちの様子に構わず、眼鏡のポッターがこてんと首を倒した。シリウスは大げさに目を丸くしすこし体を傾けると、次の瞬間持っていた羊皮紙で彼の頭をパカン!と叩いた。
 いい音。わたくしは少し目を丸くする。
「ばっかやろう!なにをどうしたらそうなるんだ!こんやくだ!こ・ん・や・く!」
 人の頭を羊皮紙で叩くとあんな音がするとは知らなかった。
 ぎゃあぎゃあ大声で少し顔を赤くしてわめいているシリウスと、笑いながら攻撃を受けているポッターと。なんとも騒々しい。こんな風に騒がしい彼を見たことがなかったので、やはりわたくしは目を丸くした。
 なんだかとっても楽しそうで―――元気だ。
 それは悪戯だとか素行のちょっとした悪さだとかという形になってわたくしをこっそりと悩ませはするが―――こんなにも、シリウスが生き生きと楽しそうにしている。思わず口元がほころぶ。シリウス、たのしそう。

「ギャア!痛い!痛いよ!シリウス!ほらご覧!君のこんにゃく者ちゃんだってびっくりしてるじゃないか!」
「だっから!何回言えばわかるんだばかっ!こんや…!」
 はっとして彼はわたくしを振り返った。
 うろたえたその目が、目を丸くするわたくしを見、 「う、」 とか 「あ、」 だとか言う呻きが口から洩れる。
 少しおかしい気持ちになってきて、ますます自然口端が持ち上がる。
 シリウスはどうしたのか、顔を赤くしている。

「ふふ、」

 ついに堪え切れなくなって声がもれた。
「あー!ショパン笑ったー!」
 シリウスの口がポカンと開く前に、なぜかポッターが歓声をあげる。
「ばっ…!黙れジェームズ!!わ、笑うだろ!?人間だもの普通笑うだろ!違うか!違うか!?違うのかこの野郎!!」
「わっぷシリウス落ち着け!」
「俺はどこまでも落ち着いている!!」
 再びぎゃあぎゃあと騒がしくなる。まったくなんだってこんなにうるさいのだろう。
 シリウスはポッターに掴みかかっている。ポッターはシリウスを宥める気があるのかないのか、先ほどから絶妙に、シリウスの怒りを進んで買っては笑っている。
 軽々しい悪口の応酬。まったくよくこれだけポンポンと言葉がでてくるものだと、妙に感心してしまう。
 あまりきれいな言葉ではないのに、おかしい。
 シリウスが赤くなってあわてているのがおかしい。
 ポッターがさきほどから、あまり謝る気がないのがおかしい。

「シリウス、おかしい。」

 ついに我慢できなくなって、声を立てて笑ったら、今度こそシリウスはポッターに殴りかかった姿勢のまま、固まってしまった。
「やあシリウス!茹でダコだ!」
「俺はタコじゃない!」
「分かってるさ!これは顔が赤いということの比喩表げ…ぎゃあああストップ!ストップ!」
「手を上げろそして黙れさもなくば死…、」
「杖は反則だろ!」






(みじかいはる)