この可愛くてふわふわで甘ったるい生き物を見ていると、僕はいつも、優しく甘やかしたいと思い、その直後、冷たく突き放してみたいと思う。は無防備に、春の陽の中で笑ってる。

 薬草学の授業だった。僕らは温室で、延々と薬草の苗を植え続けていた。

「リーマス、何やってんの」

 薬草の苗を植える、の必死な横顔を見ていたら、なんとなく頬をつまんでみたくなったので、ふくふくとした頬っぺたを指でつねったら、じろりと横目で睨まれた。眉を寄せて、思いっきり不快そうな表情の。僕は微笑んで、のほっぺを引き伸ばした。

「ぷくぷくだね」
「噛み付くよ」
「歯が痒いの?」
「リーマス、うざい!」

 は僕の腕を払うと、鉢植えに収まってくれない苗を力任せに押し込んだ。僕はその様子を眺めながら、彼女は、きっと植物をすぐに枯らせてしまうタイプの、人なのだなと思った。甘いお菓子が好きで、スカートがよく似合う、女の子らしいにしては、少し意外だ。
 どうやら苦手な作業に、苛々しているらしい。は軍手をした腕で額の汗を拭うと、僕が植えた鉢植えを横目に見た。僕がすっかり作業を終えていたので、はフンと鼻を鳴らして、次の鉢植えに向かった。

「ねえちゃん」
「なに」
「これあげる」

 軍手を片方外すと、僕はズボンのポケットからレースの髪飾りを取り出した。レースが薔薇の形になっていて、可愛いものが好きなの、好きそうな髪飾りだった。案の定は、先ほどの苛々はどこへやら、レースの髪飾りを見るなり、瞳を輝かせた。

「どうしたの、それ」
「妹の誕生日に買ってあげたんだけど、気に入らないって言うから、がもらってくれると嬉しい。僕が持ってても、意味無いでしょ?」

 は、なんでわたしに?と言いたげな表情で僕を見たけれど、軍手をとると、レースの髪飾りを受け取った。可愛いと呟く。君の方が可愛いと思って、思わず目を細めた。

「ほんとうに、貰っていいの?」
「うん」
「ありがとう」

 の笑顔は、眩しくて目を細めてしまう。まるで幸福をそのまま形にしたようだ。僕はきっと、何の変哲もない幸せに生きてきた、単純で綺麗な心を持つ女の子に惹かれるのだと思った。紅茶の中でほろりと崩れる角砂糖のような、甘い毎日を生きてきた女の子。優しくして、突き放して、優しくしてあげたい。の手から髪飾りをとって、彼女の髪にパチンと留めてあげた。子猫の毛並みのような茶色い髪に、白いレースがよく似合い、思ったとおり綺麗だった。はカバンからコンパクトミラーを出して、鏡の中の自分を覗き込んでいる。ふと、顔を上げた。

「あれ、リーマス。妹なんて、いたっけ」
「ううん、いないよ。嘘ついた」
「・・・なんで?」
「ほんとうは、につけてもらいたくて、買ったんだ」

 きょとんとした表情で、僕を見つめるは、まるで小動物のようだ。さっき、が言った、噛み付くという言葉は、なかなかいい。この可愛くてふわふわで甘ったるい生き物を、抱きしめたいと思うと同時に僕は歯を立ててしまいたいのかも。僕が、狼人間だから?まさか。きっと、好きな女の子には、男は誰しもそうに違いない。

「僕、のこと、たぶん好き」












( 20080527 レエスの薔薇飾り )花のワルツ企画さんへ! 花緒