まだ浅い夏。静かな寝息、お空の月も雲のお布団で眠った。おやすみ、おやすみ。まだ早い夜。星は夜の中白く、青く、赤く、瞬いていた。
 を見つけたのはそんな静かな夜のこと。
 眠るにはまだ早く、眠るにはもったいないような星のきれいな夜。

 彼は森の小径を歩いていた。
 こんなにきれいな夜なのに、弟とすこし喧嘩を(一方的に彼が怒って飛び出してきただけなのだけれど)してしまって、どうにも家には帰りづらく、せっかくの夜だ――とは言っても背中を丸めて、地面ばかり見て歩いていた。普段ならどんなに空が美しくたって、ひとりで夜の森なんていかない。だってこわいもの。星がきれいなら屋根に上る。落っこちそうになる弟引っ張り上げて、文句言いながら弟の入れたココアを飲む。
 今日はそれができそうもない。
 自己嫌悪やら劣等感やら悲しみやらぜんぶもつれて重たい影の塊になった。それを抱えて、彼はとぼとぼ歩いていた。畜生、ちくしょうフェリシアーノが悪いんだ。ブツブツ呟いてみてもちっとも荷は軽くならない。
 どうにも喉の奥が苦くって、立ち止まった耳に、ふいになにか聞こえた。
 ビクリと肩を震わせて、それから恐る恐る、聞き耳を立ててみる。
 森はしんと静か。聞き違いだろうか?でも今、確かに――

「―――泣き声?」

 動物や、幽霊や、大人ではない。子供――子供だ。それもまだ小さな赤ん坊の。
「…クソッ!」
 か弱く聞こえてくる声だけ頼りに、暗い茂みに飛び込んだ。「熊が出るぞ。」という弟のムキムキな友達の言葉がふいに浮かんだが考えようにする。だって泣いている。確かに聞こえた。泣いている。泣いている。
 いつの間にかあの重たい荷はどこかへ放り出していた。あんな重たくて邪魔なもの、持っている場合ではない。
 夜の星、ひとつ、いそいでいそいでと歌う。どこだ、どこだ。夜の森。ひとりぼっちはさびしかろう。ひとりぼっちはさびしかろうて。梟が鳴いた。そちらは違う。ざわざわと梢が鳴る。こっち、こっち、こっち…。



「おいこらフェリシアーノ開けろ!ああもう泣くな開けてくれコノヤロー!」
 という兄の半分泣き出しそうな慌てきった声に被さって、赤ちゃんの鳴き声、大きく響いたのには弟も随分驚いたって。

 もう七年も前の、浅い夏の夜の話。


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