「ようこそここは約束の地。」
セフィロスの聞いたことのない、ひどく美しい声だった。ようこそ、と歓迎の意を示したはずの声はどこか無関心で無感動だ。
ああなんて面倒くさいんだろう。
そんな風に思ってセフィロスは顔をのろのろと上げる。そこには良く知った顔のおんなが、それもセフィロスと同じように面倒くさくてたまらない、といった顔をして、それでもわずかに微笑んで立っていたのだった。
「、なぜここにいるんだ?」
セフィロスの質問はもっともだったけれど的外れだった。彼自身、そう言ったあとでそれに気がついて、「お前は誰だ?」と言い直した。だって目の前の女は、顔こそ良く知るのものであったが、あからさまに中身が違ったからだ。薄っぺらい皮を一枚被っただけの、まるで違うものだった。
それに女は、少し、おや、と言う顔をした。ほんの少し、ニヤと笑った顔はやはりのものだった。
「へえ、気がつきましたか。」
ちっとも残念そうではない顔で女が少し口端を持ち上げる。
「当たり前だ。お前は誰だ。」
最初はすっかりだと思ったのも忘れて、セフィロスは続ける。「ここはどこだ。」
それに女はまたつまらなさそうな顔をする。
「だから最初に言ったでしょう。ここは約束の地。嫌になっちゃうなあ。こう日に何回も何回も同じこと言わされたんじゃあ口の筋肉がムキムキになってしまう。」
それに少し呆れてセフィロスは女を見た。
「ここが約束の地なのか。」
はっきり言ってどうでもいい。もうむしろなんだっていいというかやはりどうでもよかった。ああ面倒くさい面倒くさい。全てが億劫だ。なにもかも疲れるだけだ。任務も英雄も優劣も新羅もソルジャーもミッドガルもタークスもザックスももみんなみんなみんな。
そこでセフィロスはふと気がついた。おや、一体今まで生きてきてこんなにもすべてを惰情に思ったことが果たしてあっただろうかと。
女があーあ、とあくびをする。彼女に感化されているのだろうか。
「そうですよー。いずれ全ての命が等しく帰りまた巣立っていくところだ。つまりはまあ、いいところでも悪いところでもなんでもないね、生まれて死ぬのとおんなじことさ。みんななにを期待しているのか知らないけどね、理想郷はここではないよ。ここはホームだ。わかるかい?つまり、まあ、私にしては退屈なんだよ。」
完全に男のしゃべり方だった。
「の顔をやめてくれ、なんとなく腹立たしい。」
「えー?サービスなのになあ。」
まったく近頃の奴は文句が多くって、とかなんとかぶつぶつ言いながら、女がの皮を脱ぐ。それは首を傾げたくなるほど無機質な光景で、ちっとも気持ち悪いだとか吐きそうだとかいう嫌悪感を催すものではなかった。ただ淡々と、女は皮を脱ぐ。中身はなんとも知れない、ただののっぺらぼうだった。女とも男ともつかないがとりあえず女にしておこう、口調は完璧に男だけれど。とセフィロスは勝手に決めておく。(たぶん)女(ではない)はうっすら白く光って、無駄に眩しい。
「一番会いたい人の皮を被ってのお出迎えがせめてもの脚色なんだよ、だって退屈だろう?」
そうか俺の一番会いたいひとはだったのか。
違うところに納得して、セフィロスはふむと頷く。脚色と言うが、なりきれていないのでは全く意味がない。不愉快なだけである。素直にそう述べると、そののっぺらぼうは、確かにそうかもね、と言い少し考えてから、覚えておくことにしよう、と言った。
「はどこにいるのかわかるか?」
自分が一番会いたいのがだとわかったところで、こんなのっぺらぼう放って置いて早速会いに行こうと彼は考える。自分の意外な行動力にいささか驚きながらそれは表には表れない。生来表情の乏しい男であった。
だからこそたまの憤怒や微笑がうつくしくそして怖ろしく、優しく際立つのであったが別にそんなことは彼にはどうだって良いのだ。
「えー?駄目だよだって君もうここに両足突っ込んでるんだから。」
のっぺらぼうが笑う。
「わかるかい?君、死んだの。」
「…それは困る。」
「…そういわれてもねえ。」
セフィロスはしばらくふむ、と考えた。そして淡々と出来事を頭の中で筋立てて、組み立て、その様相を眺めた。
なるほどそういうことかと納得して彼は顔を上げた。その顔はやはり静かな無表情である。しかし退屈さは薄めきったアルコールのようにすっかり抜けていた。
「ここは退屈だ。帰る。」
おいおいおい!とやっと感情らしきものを覗かせてあわてふためいたのっぺらぼうにさっさと背を向けて、セフィロスはその足元の小さな白ばらを踏み潰して歩いた。ドアノブに手をかける。
死ぬにはまだ早過ぎるだろう。そんなふうにすこし微笑みながら。
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