しんぱい (心配)
りゆう (理由)
うそつき (嘘吐き)
すき (好き)
ふたり (二人) と 濁点
らんぷ (ランプ)
つきよ (月夜)
くらやみ (暗闇)
|
ヨンマントイチhitの花緒さんへ!
|
しんぱい (心配)
夜空は真っ青で、星が幾つも出ていた。冷たい窓の下で、は目を丸くしていて、シリウスはなんだかぶっきらぼうな様子で、けれどもよく見れば其れは照れ隠しなのだとわかる、そんな様子で突っ立っていた。
「今なんて?」
は口端を引きつらせそうになりながら尋ねなおした。シリウスはちょっと目線をうろうろさせた後でもう一度言った。窓の外では梢が青い影、さやさやと揺れてる。
「だから…、明日のホグズミートにだな、」
「一緒に行こうって?」
さえぎって放たれたの言葉に、シリウスがゆっくりと頷く。これはなんの悪戯への布石だろうか。はしばらく頭を巡らせた。だって理由が思い当たらないのである。これまでシリウスにされてきた悪戯の数々を思い浮かべるだけでげんなりしてしまう。蛙攻撃(これはリリーによって華麗に撃退された)だとかチョコレート爆弾(これはリーマスによって華麗に成敗された)だとか、どうにもこうにも馬鹿馬鹿しく、しかしながらその量に辟易してしまう、そんな類の些細が降り積もった悪戯の数は優に百を超すだろう。たとえこうして夜、誰もいない廊下で、シリウスのように見目の美しい少年が一生懸命な具合で明日の外出に誘ってきたら、舞い上がらない女の子はいないのじゃあなかろうか。しかしにはその誘いを素直に受け取れないだけの経験とトラウマとこのシリウスという少年への警戒心が培われていたし、正直彼女は彼が苦手である。どれだけ格好が良かろうがなんだろうが、悪戯の数々と悪名高い行いの数々を知っていれば、なぜ他の女子が彼に熱を上げるのか理解に苦しむというものだ。けれどもこうして目の前で少し気まずそうに手持ち無沙汰な様子で立っているシリウスは、普段のあの眼鏡と一身同体の悪童ではなく、不器用に自らを持て余しているただの男の子に見えた。そんな印象をあのシリウス・ブラックに持つ日が来るとは思いもよらず、彼女は自分でも少しばかり驚いている。
「…で、」
シリウスがぶっきらぼうに吐き出した言葉に、はっとは思考を浮上させる。
「…どうするんだよ。」
どうするもこうするも。というのが顔に表れたのか、シリウスはますます渋い顔をした。なんなんだろう、やっぱりこれ罰ゲームかなにかでやらされてるんじゃないかとも顔を渋くする。
「どうするって言われても…いまいち心配っていうか信用しちゃいけない、って今までの経験が言ってるんだよね…。」
正直に言ってみる。それにシリウスはますますどんどん苦い顔になる。窓の外で今度は梟が、暗い森の影、魚みたく飛んでいった。どこかで時計がボオンと鳴る。消灯時間だ。そろそろ寮へ帰らなければ、巡回の教師に見つかれば減点は必須だ。それだけはなんとしても避けたいのが優等生の集い、レイブンクロー生であるの今一番の重要なポイントだった。なぜだか目をつけられてしょっちゅう悪戯してくるホグワーツのハンサムボーイより、その彼の変な行動より、減点されるかされないかのほうがよっぽど彼女にとっては大切である。
「またなんか悪戯するつもりなら悪いけど他所でやって。んで、ホグズミートに行く女の子がいないなら、誰か他の…ほら、君のファン誘いなさい。それがいい。うん、いい考え!」
自分でもいまいち何を言っているかわからないが、今はここから撤退することを優先することにする。じゃあね、と不自然に裏返った声で、なるべくシリウスから視線をはずさないように後ろ向きに後退する。(背中を向けるのは危険であるということはもう経験済みだった。)(背後からピープズをけしかけられるのは金輪際ごめんである。)
するとシリウスは、ふっと真剣な顔で目を上げた。噫シリウスって銀の目をしてるのかといまさらながらに気づき、すこし感心する。
「悪戯じゃねえからな。」
「はい?」
「明日、10時。遅れたら、覚えてろ。」
「はいい?」
なんとも不吉な捨て台詞である。シリウスはそれだけ言うと妙に満足した顔でさっさと言ってしまった。後に残されたは、行くのと行かないの、どちらが被害が少ないのか、それ以前に誘われた理由を客観的に導き出そうとなんとか試行錯誤するもののうまくいかず首をひねる。
「どういうこと?」
人気のない廊下での独り言にもちろん返事はなく、窓の外で梟が笑うばかり。
|
りゆう (理由)
始まりはいつも唐突で突然だ。空は快晴どれだけ見回しても染み一つない群青。きっと誰も雨が降るとは思ってもみない。もちろんバイクが降ってくるとは神様だって思いもかけまい。こんな不思議が起こるとは、世の中はまだ見限られたものではない。味気ない世の中であるだなんて言ったのは誰か。空から降る一台の重量級バイクと美しい男なんて今日日小説家だって思いもよらないに違いない。
「へぇ?じゃああなたは魔法使いで、これは魔法で改造された空飛ぶバイクと。」
田舎の畦道をバイクを押す青年と並んで歩く。なんとも予想外の展開。青年はまさに、そう言った顔をしている。私の心理を見事に写したその相の整理整頓の行き届いた造作の美しさには恐れ入る。自ら魔法使いを自称するこの男、かなりの造形美である。
「…あんた驚かないんだな。」
「十分に驚いてますが?」
まじまじと、男がこちらを見る。
「…そうは見えない。」
「よく言われます。私は十分に驚いているつもりなのですが…いまいち伝わらないようです。」
それに男は、目を少し丸くすると、確かに、と屈託なく笑った。白い八重歯がチラリと覗く。男の短い黒髪は、つやつやと日の下で輝き、その目玉は銀の色をしている。あ、まつげ長いなあ。ここまで整っていると、見とれるとか惚れるとか通り越して驚きばかり勝る。魔法使いという人種はもしかすると、全員相当な美形揃いだったりするのだろうか。いずれにせよ3歩下がって関わらず傍観していたいタイプである。それなのにこうして隣同士青空の下、会話しながら歩いているというのは、人生の妙というものだろうか。
「いやーしかしまさか不時着した先に人がいるとは思わなかった。」
「そりゃあいますよ…今日日人間のいない土地のほうが珍しいでしょうに。」
それにまた彼が屈託なく声をたてて笑う。
「マグルの知ってる土地なんてのは…、」
「マグル?」
「ああ。あんたみたいな非魔法族のこと。」
「自分たちのことはなんて呼ぶんです?」
平然と男は、ウィッチアンドウィザーズと笑う。シルバーのピアス。随分と現代的な魔法使いもいたものだ。やはりステレオタイプ化された御伽噺の中の魔法使いとは、時代が違うということだろうか。魔法族であれ非魔法族であれ、人間とは日々進化するものらしい。箒に乗って一っ飛び、が今やバイクに乗って一っ飛び。ああやはり味気ない世界である、なのかしら?
「さっき言いかけたことはなんです?」
ん?と目でこちらを見下ろしてもう一度彼がニッと笑った。
「あんたらの知らない土地がまだこの世界にはたっくさんあるってこと!」
思考が一瞬停止した。
見てみたい連れてって、と言ったらきっとこの人は連れていってくれるんだろう。なぜかそのときそう思った。指先が熱くなってきた。あれ、なんだこれ?なんだあこれ?生まれながらのポーカーフェイスでよかった。初めてそう思う。隣で彼は、まだ非魔法族の知らない土地について、話を続けている。この辺もぎりぎりマグルのいねえ場所のはずだと思ったんだけどなあ、いたなあ。なんてのんびりとこちらの気も知らないで。案内を頼まれたガソリンスタンドまではまだまだ遠い。その間に頼めば、魔法、なにか見せてもらえるかしら。ドキドキしてきた。この人の使う魔法はどんな魔法だろう?
とりあえずあの角を曲がって畦道を抜けたら。名前を聞こうとそう思う。
「ああ、そうだ。忘れてた。あんた名前は?」
「はい?」
ワッツ・ユア・ネーム。もう一度彼の口が言う。
「…です、」
「そう、。」
、。と何度か馴染ませるように口の中で転がして、彼がまた件の笑顔でこちらを見下ろして笑う。
「俺はシリウス。よろしく、。」
純マグルの友達は初めてだと嬉しそうに笑う、彼、の、名前はシリウス。シリウス。自称魔法使い、空から降ってきた男。どうかしてるのにこんなに緊張してきた。横が見られない。まさか、まさか自称魔法使い、空から降ってきた男前、そんな無茶苦茶な男にそんな。
「ガソリンスタンド遠いのな。」
「田舎だもんで…すいません。」
「が謝ることじゃない。歩かせて悪いな。」
「いえ、」
「…ちゃんと礼するから。なにがいいか、考えといて。」
少しかっこよく、シリウスが笑った。ガソリンスタンドが遠いことに感謝する理由はもはやひとつしかない。
|
うそつき (嘘吐き)
「シリウス、約束だ。」
とその子が言ったので、少年はもちろん、と答えた。少年にとって、記憶にある限り初めての約束だったし、たぶん初めての友達だった。
広い広い彼の庭。年がら年中狂ったように、四季折々の花が咲く、まるでふざけた美しい魔法の庭だ。その子は庭に住んでいた。魔法の庭の世話だけは、僕妖精ではなく魔法使いが行っていたから、彼の庭には庭師がひとり、ぽつりと建つ小屋に住んでいた。そうしてその子は、庭師の孫だった。杖を使って雲を連れて雨を撒く老人の後について、その子は枯れた花を摘んで歩いた。さらにその後を、きれいな格好して興味津々に隠れてるつもりでついて歩く少年は、もちろん二人にはすぐ気づかれた。老人と孫は、気がつかないふりしていたけれど、最初その鳥帽子を被った子供が半ズボンから突き出した細い膝に手をやってくつくつと笑い出し、老人もつられて楽しそうに笑い出した。何故笑っているのか気がつかなかった少年は、なにかおもしろいもの、あったのだろうかってますます身を乗り出して、そしてついに子供らの目があった。やっと自分が笑われていたのだと気づいたときの少年の顔ったらなかった、と孫のほうが笑う。空が青かった。彼らの頭上にぽっかりふわり。老人は名前を庭師だと名乗った。違う名前を聞いてるんだ、と言った少年に、わしは生まれた時から“庭師”で通しとる。と庭師はニヤリと笑うものだから、少年は今も老人を庭師と呼んでいた。少し赤らんだ大きな庭師の鼻とたっぷりした白い口ひげを、彼はなんとなく好ましく思っている。
孫の方も不思議なやつだった。いつもその探偵みたいな帽子を被って、ズボンを肩からつっている。細い足と腕と首。軽い体で庭師の手の届かない枝を払ったり花を摘んだりした。庭師は庭に、魔法を極力使わなかった。そのほうが花がきれいに育つんだ、と彼は言ったけれど、少年はきっと庭師は純血のスクイブなのだと思っていた。この家に入れるものは、庭とはいえ相当に限られているからだ。孫はよく笑った。庭師は子供を、“まご”だと紹介した。孫のほうもニヤリと笑って、「孫だ。」と名乗った。
「そんな名前変だ。」
少年は思い切り馬鹿にされているような気がして口を尖らせて少し怖そうに言った。だって彼はこの屋敷の跡継ぎ息子であるのだ。けれど庭師と孫は笑うばかり。
「へんてこでおもしろいだろ、シリウス。それにそれなら君こそ変な名前じゃないか。」
「どこがだよ!」
「シリウス。だってシリウスはあれだろ、あの青白くビカビカ光る真冬の星だろう。」
ヒースの茂みにしゃがみながらふたりはひそひそと話をした。孫はいろいろなことをシリウスより知っていた。少なくとも街や社会や他の魔法使いとマグルについては。逆にシリウスは、文字や歴史やごく限られた魔法使いのことや家や決まりごとのことには嫌でも詳しかったから、たまに孫に教えてやった。(たいていそんなの覚えてたってなんの役にも立たないと言って笑って忘れられたが。)
「あれは死神の星だよ、シリウス。」
孫が不思議な微笑で囁いた。
少年の親に見つかるとたいていどちらもひどく怒られたが二人はしょっちゅう庭を駆け回って遊んだ。(そしてたいてい見つかったときは孫のほうはひどくぶたれた。)ふたりはすばしっこく、身軽で、悪知恵も働いたので、見つかることはめったなかった。孫と遊ぶのは少年にはとても楽しかった。屋敷は広く、そしてとても、少年にはせまっ苦しかったのだ。
「ほらシリウス、見なよ。君の星が征く。」
夜空を見上げては、孫は息を潜めて囁く。誰かの命を狩りにゆくよと。
「なあどうすればいいと思う?」
少年は静かに尋ねた。おぞましいパーティーから、抜け出してきたところだった。土産にいくつか、豪華な料理をナプキンに包んで。行儀良く今も会場に座っている弟のことなんて、彼は考えてみたこともなかった。
「俺はこの家が大嫌いなんだ。」
香草のよく効いたチキンを脂の一滴も零さないように食べきろうと口をむしゃむしゃ動かしながら、孫は言った。ふたりはねじくれ曲がった桜の根元に座り込んでいる。孫の横顔の輪郭が、とてもきれいで、耳元から一房巻き毛が垂れてた。
「そんなの簡単さ、シリウス。」
ああおいしかった、骨を丁寧に、土を穿り返して埋めながら孫が笑う。
「家を出ればいい。」
どうせもうすぐ君、学校へ行くんだろ。その言葉に彼は驚いた。庭師の孫なら自分と同じに学校へ、魔法使いの学校へいくのだと思ってたからだ。お前は行かないのか、と尋ねる声が思ったよりも心細くて少年はとても忌々しい気分になった。こんなの自分の声ではない。彼は何よりも、自分が弱者になることが嫌いだった。自分でそうとは知らず。孫は不敵に笑った。ニヤリ、というその笑い方は庭師にとてもよく似ている。
「じいちゃんには助けが必要だ。」
「屋敷僕がいる。」
「妖精たちは屋敷の中の仕事をする。庭師は庭の仕事をする。庭師の孫は庭師を助ける。道はひとつだ。そうしてお坊ちゃんは学校へ行って立派になるか家をおん出るか。どっちかだよ。ふたつにひとつだ。」
そうして会話は、一番最初に戻る。
「約束をしよう、シリウス。」
辺りにはもう星が出ていた。少年の星が、黄道を悠々と行軍していく。あの青白い太陽と似た星。少年の名前。狩人の犬。いつからかその名がとても、忌々しい。
「やくそく?」
「約束を知らない?なにかふたりで取り決めをして、それでそれをお互い一生守るって誓い合うことだよ。約束は破っちゃいけないんだ。」
「…そうか。」
「そうだ。破ったら庭の肥やしにしてやるから覚えとけ。」
「じゃあお前は破ったら、」
どうしようか、と少年は少し考えた。母や父や執事長やらが、下っ端の使い魔やメイドが失敗したときに課す罰をいくつか思い出し、孫を見る。ばらいろの頬。ぱっちりとした目元。あんなおぞましいことを約束破ったからってしたくはないなと考える。考えているうちに孫は自分で勝手にからからと笑い出した。
「じゃあ破ったら、そうだな。昔の名前、教えてやるよ。シリウス、みたいな、そういう類の名前だよ。もう使ってないやつ。」
なんだか約束を、破ってほしいような気がしてしまって少年は頷いた。小指と小指を絡めて初めて、孫の指がなんてしなやかに細いんだろうってことに少年は驚いた。まるで折れてしまいそうな手首だ。しげしげ見つめていると、孫が不思議そうに首を傾げたので、悪いこと、したような気分になって彼はぱっと小指を離した。
「約束は簡単だ、シリウス。」
ああと頷いたのを少年は今もちゃんと覚えてるし、約束した内容も覚えてるから守ってる。青年はもう帰ることはないだろう庭と、そこに住む美しい庭師のことを考える。帽子の下に隠れていた、長い髪、靡かせて、枯れた花をあのたおやかな手のひらで摘み取ってるだろう。まだ孫の名前は知らない。孫も約束守っているからだ。今はもう孫は孫ではなかった。孫こそが今は、庭師だったので。いつかその名前を知りたいなと思いながら、知らなくてもいいなって彼は考えている。約束してから孫が自分とは違う生き物なのだと気がついて、優しく扱おうと思ったらどう接したらいいかわからなくなった。孫は笑ってばかりだったから、結局少年は無理をしないことに決めた。
青年は窓辺でふっと微笑む。もう帰ることはないだろう庭の美しい庭師。馬鹿げた約束。死んだらどの口が彼に名前を告げるのだろう。まったくもって、それは不可能である。死に目に立ち会うしかねえなあ、と笑いながら、今も本当に庭にいるのかすら知らない。彼がもう家を出て、8年にもなるころの思い出話である。
|
すき (好き)
すきですと簡単に言えたらいいのにな。すき、と言って私もと答えたら、その薄い目蓋にキスしておしまい。どんなに簡単ですてきなお話。けれどこれが思うより、なかなかうまく、いかなくっていけない。
頭の中で浮かべるだけなら、ああこんなにも簡単。最近彼ときたら朝から晩まで、どうやってその言葉を告げればいいか。そればかり考えている。いつ?どこで?どんな風に。
窓辺で風に吹かれて頬杖ついて。まるでなにか高尚な死についてでも考えているようなすました顔して、彼はそればかり考えている。ああどうやって。どうやって。
長い足で中庭をゆったりと優雅に散歩しながら、まるでなにか哲学めいたことを考えているみたいな物憂げな顔して、彼が考えているのはそればっかり。ついには親友も匙を投げた。馬鹿と恋に付ける薬はないってさ。
彼は分厚い本に視線落として睫の影頬に伸ばして、まるで穏やかに文字追うようなふりをしながら、そればかり考えている。いつになったらあいつ、本を逆さに読んでることに気がつくか賭けようぜ。僕は気がつかないに賭けるよ。おや、僕もだ。だめだな賭けになりゃしない。そんな会話に気づきもしない。
円卓囲んで地図を広げて銀の瞳をきらめかせ、楽しい悪戯考えているようなつもりで、やっぱり彼はそのことばかり考えている。ほらほら、今も、地図の上の名前、目で追っかけている。
「あー、パッドフットくん。君、今の話聞いてた?」
「あ?聞いてたよもちろん聞いてたよばっか言うなお前聞いてたに決まってんよ、あれだろ?」
「そう。あれだよ。」
「そう。あれだ。」
「あれ。」
「あれ。」
「…うん。あれだろ。あー、うん、いいと思うぜ。楽しそうじゃん。」
「 …。」
「…君本気で言ってる?」
「もちろん俺はいつでも本気だ!」
そのあと起こった大爆笑の、意味もわからず目を丸くして。君じゃあ今からスニベルスにキスしてきてよ!冗談!叫んでまた笑われて。それでも懲りずにまったく人の話を聞きゃしない。
すきですと簡単に言えたらいいのにな。すき、と言って私もと答えたら、その薄い目蓋にキスしておしまい。どんなに簡単ですてきなお話。けれどこれが思うより、なかなかうまく、いかなくっていけないので、シリウスはけっきょく今日もなにかするふりしてそのことばっかり考えている。ああ、なあ、好きって言ったらどんな顔するかな。笑うかな、笑わないかな、驚くかな、きっと嫌じゃないと思うんだけど、世の中もしもってことがあるじゃあないか。
「おう、。おはよう。」
「おはよう、シリウス。」
朝起きて少し寝癖がついた髪の毛、欠伸しながら廊下であの子に会うように時間を合わせて出たとき、自然に挨拶するようで彼はやっぱりそのことを考えていた。あの子の口から出る言葉も、自分の口から出る言葉も、全部好きならいいのになあと少し考えてそれからそれはやっぱり困るなと考え直して彼はこの後の朝食のメニューについて口を動かすのである。
|
ふたり (二人)と 濁点
「おーっとついにシリウス選手!嬢の肩に手をかけました!いやーここまでの一連の流れ、どうですかリーマスさん。」
「はい。なかなかのせっぱつまった感が表れてますね。はまだキョトンとしているみたいだし…。」
「いまいち押しきれないホグワーツ新聞ハンサムボーイ選手権四年連続防衛チャンプ!さあこの後どうするのかー!」
「チューする度胸はないだろうねえ。」
「あーっと本当です!嬢の肩を掴んだまま、下向いてプルプルしています!これが噂のヘ←タ↑レ→!なのかアア!」
「ホグワーツのハンサムボーイはヘタレ。新聞部辺り涎垂らして飛びついてきそうなネタだね。」
「おっと現場動きあったようです!シリウス選手顔を上げましたー!耳まで赤い!赤い!ギャハー!」
「何か言ってるけど聞き取れないなあ、」
「フッフッフ…必殺!読!唇!術!『…!俺…!俺…!』」
「流石は108の秘密技を持つ男、ジェームズですね。はまだまだキョトンとしてる。」
「ここで嬢!やっと口を開きました!『シリウス…?』」
「ぶっ!声マネしなくていいよ気持ち悪いから!」
「『どうしたの…?なんか、今日、変。っていうか、』」
「あっはっはっは止めてってば似てないからはっはっはぎゃああ、もうヒィー!」
「『後ろのアレ、どしたの?』・・・ん?」
「あーっはっはっはヒイー!似てな…ん?」
「…。」
「…。」
「見つかったね…リーマス。」
「見つかってしまったね…ジェームズ。まあふたりの後ろの茂みから顔出してなんか騒いでたら気づかないほうがおかしいけど。」
「それだけシリウスは切羽詰ってたってことだよね。」
「そうだね。あっ、シリウスがにらんでるにらんでる。」
「あれ?ひょっとして僕らってお邪魔かな?リーマスくん。」
「ああ、ジェームズくん。残念なことにどうやらそうらしいよ。」
「なんてこった!僕らとしたことが!」
「ほんとなんてこっただね!失敗しっぱい。ははは、シリウスったらそんな涙目になってまで怒らなくてもいいじゃないか。」
「そうそう僕らのことは気にせず続けて続けて!」
|
らんぷ (ランプ)
星のない空を壊れかけた箒で飛んだ。
月さえも見えず、自分が禁じられた森の上すれすれを飛んでいるのだということがすぐ足元で聞こえる木々の枝葉が擦れる音で分かった。
時間の感覚がまるでなく、まだ夜中なのかそれとも夜明けが近いのかすら分からない。ただ夜は暗く、深く。ほとんど何も見えない。
なんて暗い夜だ。深い深い緑と青の、なんて恐ろしい漆黒だ。
なぜ飛んでいるのか、なぜ飛び続けているのか、彼には分からない。
ただ胸の中でとぐろを巻いて吼え荒ぶ根拠のない焦燥と悲しみに無茶苦茶なスピードで飛行している。叫び出して逃げ出したくなる、この不安は一体なんだ。どうしてこんなに、恐ろしくて、仕方がないのだろう。真っ暗な夜。星が見えない。それだけだ。それだけなのに、まるで異世界。彼は飛んでいる。そのことだけは確か。しかしほかは何もかもが、朧になってしまおうとしている。
それでも箒にしがみつくように、彼は一筋の青い光となって一直線に飛ぶ。
木々の上すれすれを滑るように飛ぶシリウスは、鷹のようにも見える。それともヨセフの星を見失った、闇夜の舟だろうか?自分が飛んでいる、そのすぐ足元に広がるざわめきが森だと分かっているのに、彼は海の上を飛んでいる、と感じていた。
落っこちたら、そのまま暗い波に呑まれて溺れてしまう。
溺れるのは苦しい。苦しい。噫嫌だ。恐ろしかった。ヒタヒタと自分を溺れさせる、波音がすぐそこに聞こえた。どこかで子供たちが合唱している。海がくるよ。真っ暗々の暗いくらぁい海がくる。その声。その声。耳を塞ぎたい。けれども両手を放したら、すぐにも彼はまっさかさま。ああなんて憎らしい歌い声。海、海、海だよ。空の星まで沈めてしまう、暗く恐ろしい海だよ。
噫嫌だ。それ以上その歌を聞かせないで。もう彼は限界だ。怖くて怖くて、その手を放して楽になってしまいたかった。けれどもそれ以上に恐ろしく、箒にしがみつく手を放せなかった。しかし、噫、しかし自然と指が開く。もう指に力が入らないのだ。いったいどれだけ長い間、シリウスは飛んでいたろうか?それともそれは錯覚で、ほんの一瞬だっただろうか。
噫、落ちる。落っこちる。落ちてしまう。あの海に沈むのは嫌。溺れたくない。
(もうだめだ。)
じわりと目玉が濡れた。そう思って箒から視線を上げた彼の目に、明かりが。
(ポツリ、)
ひとつ。
噫、あれはなんだ、灯台守だ。いいやあれは塔だ。
(――噫、)
ただいま、おかえり。遠くに、家の、(あかり。)窓の中には橙の光が満ちて。ランプだ。少女がランプを持っている。赤い光に照らされた、白い頬がやわらかく光った。ホグワーツの灯。
噫。(よかったな。)
シリウスは思う。噫、ほんとうに、よかった。本当に、本当に。
箒はそのまま、ぐいと上に昇った。暗い水面から逃れて、空へ。まだ明かりは見えている。あの子の名前、知らないな。さあっと空が晴れた。細い笑った月と星。あの子の名前、知らない。知らない。東の空が青くなった。朝。朝だ。シリウスは空のてっぺんまで舞い上がる。地上に降りたら名前を聞きに。きっと行こうと思う。灯台守の少女に。
|
つきよ (月夜)
家に帰ったら、知らない男が一人。
「深夜12時40分。女のひとり帰りにしちゃおせェだろ。」
夜道は危ないだろ、と新聞を当ったり前の顔をして広げるその男の顔は正直とてもかっこよかったが、今まさに危ないのはそいつである。そいつさえいなければ平穏無事な飲み会帰りの静かな深夜。外は寒くて星がきれいだ。冬になると空気が澄むから。星座の形もはっきりわかる。
マグル
「初めまして、人間。」
狭い玄関で靴を脱ぎかけた姿勢のまま、固まった私に向かって彼は笑った。それはそれは格好良く、優雅に、そしてなんとなく危険な感じに。
「悪いが協力してもらう。ちなみに拒否権はない。オーケイ?」
棒切れを突きつけて男はなお言葉を続ける。拳銃ならまだしも棒。なめられたものである。メグルだかマグロだか知らないが明らかにこれが不法侵入というやつだ。はじめて見た。そういう場合ではない。
「そ、そんな棒っきれでなにしようっての!」
「なにって?」
頭のすぐ横を風が掠めた。髪がひとふさ、浚われてゆく。後ろで何かが、ガチャンと割れる音がした。理解はできないが本能が察知している。これは、危険だ。エマージェンシィを鳴らすシグナル。頭の中でカンカン鳴っている。とんでもないことに足突っ込んでいるぞ、と。
「魔法。」
くるくるとその棒、ああ魔法だって?じゃあそれが魔法の杖だとでも言うんだろうか、とにかくそれを回してジーンズのポケットにねじ込みながら男が屈託なくなお笑う。ニヤリと吊り上げられた口端がきれいだが、そんな場合ではない。前髪から時折、不思議な色の目が愉快そうな光を映して覗く。
「あんたは魔法使いの争いに巻き込まれてる。っつうか狙われてる?」
「…はあ?」
「知らないんだろうがあんたの爺さんは魔法使いだ。そして、俺も。」
me,too.と言って自分の胸元を親指で指し示した男。その笑みこそ不吉だ。
「まあ心配はいらない。俺がきたからにはぱっと決着つけてやるから。」
「意味がわかりません。」
そりゃそうだ。ニヤリと笑った目玉。銀の目の魔法使い。
|
くらやみ (暗闇)
不思議に優しいあなたの夜は、月の明かりが薄青い。
不思議に寂しい月夜の晩は、お空が高く、星が鳴る。
目蓋の裏の暗闇は優しいね。目を凝らせばさびしいね。赤い光が時折走る。遠くの山の向こう、駆ける稲妻に似てる。
目を瞑って、シリウスは数をかぞえてた。ひとつ、ふたつ、みっつ。耳の奥で鳴る自分の鼓動だ。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…。
「シリウス、」
すぐ横、少し頭の上から降り積む声には、知らないふりをしておこう。
「シリウス?」
眠ってしまった?尋ねる声は控えめで遠慮がち。起きてるよ、と頭の中で答えながら、それでもやっぱり彼は目を開けずに穏やかな呼吸だけ繰り返してる。シリウス・ブラック。夜に君臨するその名を持ちながら、真っ暗な夜が怖いんだって、そう言ったら、声の主はなんて言うのだろう。彼女が隣にいる夜は、不思議に優しくあたたかで、それでちょっぴり寂しくなるので、彼はこうしてなるべく目を閉じて優しい暗闇を作った。そして彼女のひっついていれば、それだけでなんとかなるのだと思っていた。の肩はシリウスが頭を乗せて眠るのに本当にちょうどいい高さをしている。
シリウス眠ってしまったの?小さくリリーの声がする。暖炉の薪が不思議な調子で何かを囁いているのが聞こえる。暖炉の火種みたく、小さな炎の言葉は優しい。
尋ねられた声に、そうみたい、と苦笑気味に囁き返すの声を、彼はずっと辿っていた。
起こす?いいえ。その応答も、予想していた。毛布もってくるわね、ありがとう。その会話も。そして次に、彼女が言うだろう言葉もだ。 「ついでに本の続きも。」
やがて毛布が肩からふたりかけられたら、寝ぼけたふりしてだきついてしまおうと考えている。眠れない日がたまに続くと、彼は必ずこうして眠ってしまったふりをする。そうしてやっと本当に眠ることができる。眠りの川岸に咲く青い花を摘んで、朝目覚めて彼女に渡すことができる。すまないとは思っているのだ、けれども最早、これは慣習のようなもので。は安眠剤のような、でもきっとそれよりもっとずっとあったかで優しい、そんなものだった。
鼓動を数える。ひとつ、ふたつ、みっつ。
そうしては、肩の上にある彼の頭を見下ろして少し笑う。
「おやすみシリウス。」
ほらすべてが彼女にはわかっている。
|
このページのお話タイトルは、my tender titles.さんからお借りしました。
『ひらがな44題』から、し り う す ふ ら つ く のみ抜粋して使用。
素敵なお題をありがとうございました!
上から順に素直じゃないシリウス、ナンパシリウス、少年シリウス、恋するシリウス、
ヘタレシリウス、欝っぽいシリウス、えらそうなシリウス、甘えたシリウス(不眠症)と
なっております。笑 |