ひたりと冷たい手のひらが額を撫でて目が覚めた。いつまで寝てるの、というような意味合いの言葉が、かすかな笑いを含んでの耳に届く。寝過ごしたかと慌てて起き上がれば、「しぃーっ、静かに」ひそやかな笑い声。部屋は暗く、邸は眠りに包まれて静まり返っている。
 傍らには誰もいなかった。
 果たして夢だったろうか。寝ぼけ眼で暗い部屋を見回すも、声の主は見あたらず、隣では望美が、白龍と寄り添うようにまるくなって、静かな寝息をたてている。朔はといえばその逆隣で、健やかな寝顔、優しい夢でも見てるのだろうか。ふっと自然に笑みがこぼれる。
 白龍、また、お布団蹴って。
 起こさないようにそうっと、掛布をかけてやると、は再び音を立てぬようゆっくりと横になった。
 夜更けにもまだ早く、夜の気配が部屋中に満ちている。眠ろう。目蓋を閉じるとすぐにも眠りがやわらかな腕を伸ばしてくる。遠くで虫の声がする。
 しずか。
 夢うつつに、ひたりと裸足の音がした。

 「浜辺においで、いいことがあるから」

 やはりそれは笑いを含んで、しかしにしか聞こえぬほど小さな囁き。
 はっと再び目を覚ますも、やはり誰もいない。夢?あたりを見回すの肩から、あまいろの髪がそれこそ夢のようにほどけて落ちた。
 夢だったろうか。
 白龍の寝息。朔、笑ってる。子供のような望美の顔。
 浜辺においで、その声はしかし、聞き覚えがある。
 しばらく夢の中にいるように、は布団の上に体を起こしたまま、遠くを見ていた。
 ―――夢だったろうか。
 膝の上におろした指先に、ふいになにかやわらかい手触り。
 やわらかな薄紅色の衣。
 夢ではない?
 はそのままそれを肩から羽織りそろりと立ち上がると、足音を殺して部屋を抜けた。いってらっしゃいとわらう小さな小さな朔の声、寝間着と髪を整えるには、聞こえなかった。