裸足のまま誰のものとも知らぬ草鞋を借りたら、案の定の足には大きく、白い浜辺に出てからは裸足になった。この時空の自然は常に優しい。裸足の足を、細かな砂がやわらかく支えた。
 涼しい風が吹いている。
  の髪を揺らして、まだ浅い夏の風、その行く末に目をやって、満点の星々。それを背中に、岸辺にひとり立つ少年を は見つける。
 昼日中の中にあって、炎の燃えるように明るい髪は、夜の静寂(しじま)のなかにあって、牡丹の赤か、そうでないならその隙間に見え隠れする獅子の赤。錆びたような、紫がかった猩猩緋は、それでもやはり、闇のなか、目立つ。
 くれないの上着が、風に揺れている。少年は、真っ暗な海の、わだつみのその向こうに目を凝らすように、背筋を伸ばして風に吹かれていた。
 ―――ヒノエくん。
  そう声をかければよいのに言葉が不意にでなくなる。
 まだ結構な距離があるというのに、彼の瞳の赤ばかり、星のようにきらめいて見えた。
  この気障で大人びてそれでいて笑顔があけすけの少年は、ときおりこうして、饒舌な沈黙そのものになる。そうすると は、とたんに胸が詰まったようになってしまって、何も言うことができなくなるのだ。
 今もそう。彼はそのまなざしを遠くに注いで、渚に立つ真っ白な墓標のように、静寂のまま、沈黙している。それこそはるかに、時すらも止めるように。
 ふいに意識せず、 の踏んだ砂がザリと鳴った。
「…ああ、」
 その音を耳ざとく聞きつけて、ヒノエがくるりとを振り返る。 もうその顔には、彼独特の、猫のように悪戯っぽく、子犬のように人懐こい、大人と子供の混じり合ったなにか常に楽しむような表情が浮かんでいる。 先ほどまでの静謐さなど、微塵も感じさせぬ笑顔である。
「来たね、。」
  あんまり気持ちよさそうに寝てるから、来ないかと思った。
 そう言って彼は、ニヤリと少年の顔で笑う。
「女性が口開けて寝るのは感心しないな。」
 その台詞に、えっ!と悲鳴を上げたに、彼は今度こそ、からからと陽気に笑い声を立てた。静かなよるになんとも不釣り合いな、それでいて微笑ましい快活な笑い声。
「嘘!お前は本当に、すぐだまされるんだから。」
 かわいい寝顔だったから安心しなよ、とまだ笑い続けるヒノエがそう言って、 はますます顔を赤くした。
 安心していいのか、怒っていいのか、喜べばいいのか、恥ずかしがればいいのか。どれもが混ざり合って当人ですら判別がつかない。 原因のヒノエは、自分の言動によって他人が"そういう"状況に陥るのを見るのがことさらに好きなようで、何食わぬ顔で笑っている。
「さて、姫君、」
 改まった声音で、やっと笑いの収まったヒノエが咳払いをした。
  噫その呼び方、止めてくれないかしら。
 は顔をなんとも言えず歪めて、赤くなるのがばれないようにして俯いた。
 わかっている、彼は誰に対しても、そういう風に呼びかけるし、 「おっと、お前はこの呼び方、嫌いだっけ。じゃあ、」
「…それもやめない?」
 きょとん。
  その効果音がぴったりな顔でヒノエは眼を開いた。こうしてみると、まだあどけない少年にも見えるから不思議だ。
「じゃあなんて呼べばいいんだよ?」
「んー…、 」
 思いつかない。
「なんだ、じゃあでいいだろ。」
 まあいいか。

「ほらおいで。」

 ニカッと笑って、その手が差し出された。
 最近この少年が、背伸びしない顔を多く見せてくれるのが、にはよろこばしく思える。彼女だけの、ささやかな、よろこび。いくつも胸に、貯まって、いつか花が咲くだろう。それこそ真っ赤な、あまい牡丹のような花。
「言っただろ?いいことがある、って。」
 噫やはり夢ではなかった。
 その手をとる。