その人は決して彼を、エド、とは呼ばなかった。
「エドワード。」
いつもそう丁寧に、裏を返せばいつだって他人行儀に、そう呼んではかすかにほほ笑んだ。
その頃まだ彼は子供で、の笑みがなぜいつもうっすらと陰っているのか知らなかった。もっと顔いっぱい笑えばいいのに、そう不満に思っていたのを覚えている。
エドワードはいつだって世界に対して傲慢に我侭だったし、彼女はそれとは対照的に控えめで消極的だった。諦めていたのかもしれない。あらゆるものに。
あの頃エドワードは身体のすべて隅々まで血がめぐり生き生きとして自由だったし、は凍えたようにつめたい指先で祈るように息を潜めてカレンダーを捲った。
思えば相当昔から、二人は両極にあった。
彼はその人をかわいそうだと思っていた。まだ若く、それなのに彼女は部屋の外を知らない。優しいかわいそうな、近所のお姉さん、そう思っていた。この人は俺よりずっと先に死ぬ人なんだ。その冷たい指が頭をなでる度に漠然と確信していた。弟のように一生懸命にはならなかった。所詮、彼にとってはどの程度の存在だったのだろうか。時が経つととてもおおきな比重を占めていたように感じるのに、あの頃彼はその人が大好きだったくせにその人の確定した"死"にはまったく無関心だったのだ。
そうして振り返ると、そんな自分の相手を、よくしてくれたものだとエドは思わず感心せずにはいられない。疲れていても優しい笑みを向けてくれたし、話しかければいつだって返事をしてくれた。
でもなんとなく、今はわかる。
その人がどんな気持ちで自分と向き合っていたのか。
普段からは考えもつかないくらい小さな声で、エドワードはぽつんと言葉を投げた。言葉は冷たい石にぶつかって、こつんと落ちる。そのまま土に染みこんで、彼女の骨に溶けるだろうか。
馬鹿馬鹿しい妄想だった。とても科学的ではないし、ロマンチックですらない。
「なあ、。」
それでも人は、語りかけずにはいられないのだ。苔の下で一体誰が答えるというのだろう。冷たい土の下。とっくに分解された蛋白質の塊。ただ風に揺れる梢が鳴るだけだ。
生き残ってこれほど空しいことはない。
彼はまだ若かった。穏やかに満ち足りた気持ちで、石に刻まれた文字をなぞることもその名を呼ぶこともできない。
「、あんたは俺が大嫌いだっただろう。」
返事は返ってはこない。
どこか遠くで烏が鳴いた。風が細く笛を吹く。
烏が鳴くから
200704501/