その晩エプシロンは夢を見た。
嫌な夢だ。真っ暗々の。

博士の家がぺしゃんこだ。真っ黒の瓦礫は燃えるように熱くて、空は赤い。エプシロンは腕を覆う人工皮膚が焼けて爛れて、メタリックなアームが見えるのも気に止めずに瓦礫を掘り返し続けた。
どうしよう、どうしよう!
混乱していた。ずっと耳の奥で警報が鳴っている。
それはなんだか踏切のシグナル音にそっくりで、恐ろしいような焦燥感ばかりが募る。
ついに掘り当てた。
なにを?
人間 だ。
しんでいる。
今までの事件と同じように、角を生やして。
(…同じではない?)
エプシロンははっとして目を瞠った。

「…?」
ぽつんと浮かんだ言葉はあんまりにも空っぽだった。遠くで警報が鳴っている。
それともこれは、本当に、どこか遠くの遮断機だろうか。
(…同じではない。)
俯せに倒れた彼女の、額からシリマリルの角が突き出ている。
いっかくじゅうだ。
ユニコーン。
遠い遠い伝説のやさしいおろかな真白の獣。
そんな様のの死体は泣きたくなるほどうつくしくて、背中を斜めに鋭く切り裂いた瘍口から、真っ赤な血が、辺りに叩き付けられたように散乱している。
その死は、彼自身の発動機が止まりそうなのも無理はないほどエプシロンに衝撃を与える。
だが、エプシロンは機械だった。
この叫び出したい衝動が、狂い出しそうな咆哮が体中強く叩くように膨れ上がる、このあまりに大きなうねりの名を知らない。その恐怖にも似た、逃げ出したくなるこの衝撃の名を彼は知らないのだ。

意味のない悲鳴が、今にも口からほとばしる気がした。
(怒り?悲しみ?にくしみ?ぞうお?あくむ?噫いったいどれが本当なんだ。)
混乱している。
頭を抱えて(あつい。)よたよたと数歩後退ったエプシロンの目にふと小さく 白い色が映る。彼女の角の、星のきらめきの白ではない。涙で滲む世界の優しい白だ。
彼女の瘍口からもぞりとその白が芽を出している。
瞬きする間に傷を割って、のせなから羽根が生じた。
そうして。
死んだ彼女の瞳が開く。
さえざえとして、こごえたようにまっさお。
目玉がエプシロンを捉えた。無感動で無関心な無表情。 白い翼を羽ばたいていってしまう。
「ユニコーン…!」
エプシロンは思わず叫んだ。(違う、羽根がある。これ はペガサスだ。これは天馬だ。 空を駆けてゆく。)
真っ赤な血が、彼女のこめかみから頬をつたって地に触れた。そこからでろり、と黒いター ル状の粘液が溢れ出す。
いっかくじゅうは、ペガサスは、角で真っ赤な空を突き破っていってしまう。(どこへ 。)
呼び止めようと、粘液に膝まで浸かり、足を取られながらエプシロンは叫ぼうとする。そしてはたと気付く 。

(ああ)(なんて絶望に似た感覚!)(この人の名は?)

いってしまう。
赤い空。
黒い瓦礫とタール。
白い翼、星明 りの角。
彼は知っている。
この足の下になにがあるのか。
あるのは、にほんの角を生やした生命の抜け殻。
にほんのつの。鬼の目玉。
神様の死骸の上に彼は今たっているのだ。
(おもいだせない)(これは)夢か現か、はたまた 未来か。「ペガサス!」は決して帰ってこない。 (いかないでときみはさけぶの?わたしのなすらおもいだせないのに) (噫そうだこれは)(とてもとてもあいしている)(お前は狂ってる。人間に恋をしている。)(それはきんきでいけないことだといつかのだれかがそういうんだ。)