「エプシロン、ここに花を植えよう?たくさん、たくさん植えよう?」
明るい日差しの底、透き通るような緑の朝です。はそう言いました。
「花ですか?」
「そう、花!」
そう笑ってなにもない庭にぐるりと両手を広げます。
「なぜです?」
エプシロンも、ほんのわずかにほほえんで首を傾げました。肩から零れるきんいろの髪、なんてお日様の色でし ょう。
「子供たちが来た時に、ここが花でいっぱいだったら、すこし、うれしい気持ちになるんじゃないかと思って。」
は日差しに目を細めてそう言います。きっとその日差しの向こうに、まだ見たこともない子供たちを見て いるのでしょう。
「…そうですね。」
エプシロンは、少し考えてから相槌をうちました。この庭が輝くような花でいっぱいなら。そうです、あの恐怖 にもみくちゃにされた小さな子供たちの心が、ほんのわずかだけでもやすらぐかもしれません。エプシロンのコ ンピュータも、そういう結果を出したのです。もちろん、の脳も。
「花の洪水みたいにしようねえ。」
が笑います。
花の洪水。
そんな様子を思い浮かべて、エプシロンは、困ったふうに笑いました。
「それは、子供たちが、花に溺れてしまいますよ。」
その答えに、は目を輝かせてまた笑います。
「そうしたら、そうね、私たちふたりで掬い上げるの。ほら見つけた、って。」
もう、きっと彼女の周りには花の洪水が広がっているのでした。エプシロンは、そんな様子をなんとか思い浮かべようと努めました。
想像、というのは、人間独特の行動でした。
想定、と、想像、はまったく違います。
エ プシロンは、が溢れんばかりの花の中に立っている様を、想定して、なんとか彼女の視界に追いつくので した。
「背の高い向日葵でしょう、チューリップでしょう、それから、紫陽花、さんざし、アカシア、ピオニー、ガーベラ、ポピーに雛菊、百合、金魚草、デイジー、スイトピー、水仙、ノウゼンカズラ、ダリヤ、霞草、キンポウゲ、雪割り草、撫子、ハルジオン、ばらは小さな小さな親指くらいの刺がなくてかわいい丸いのがいいな、それから菫に月見草にフリージアに、…とにかくたくさん、たくさん植えよう!」
種類も季節も、てんでばらばらでしたけれど、もし、それがぜんぶいっぺんに咲いたらどんなにかすてきな庭に なるでしょう。
エプシロンは、気付かないうちに、"笑い"の表情を作っていました。といる時は、よくあ ることでした。これが感情というものなら、エプシロンはうれしいような、泣き出したいような、そんな気がし ます。
こういう場合に、人間ならこうするから、その通りその真似なんかじゃなくて。そう行動したい、と"思 って"、いいえ、"思う"間もなくそう行動してしまうのです。
「そんなにたくさん植えたら世話が大変ですね。」
エプシロンは、そおっとの頭をなでて言いました。
「花屋になれるね。」
ニヤリとが笑います。
「花を売ってそれで子供たちの食費を稼ぐの。いいと思わない?」
しっかりしてますね、と肩をすくめて笑ったら、まかせなさい、と自信たっぷりに的外れな答えが返ってきて、今度こそエプシロンは明るく声をたててわらってしまったのでした。