(楽隊のメロディーは急かすよ) (猟犬は獅子の巣穴へ夕暮れの影を狩る) (その犬は誰の犬?誰の犬?) |
シリウスは失った。 たったひとつ、彼を導く導であったもの。小さな妖精。たったひとり、彼の小さな女の子。 シリウスは得た。 多くのもの、知らなかったたくさんのあかり。星雲の笑顔とほんとの魔法使いと眼鏡の変な奴と臆病なルームメイト。それから他にも、些細なものをね。たくさんたくさん。とても些細で、気がつかないほどで、それでもひとつだってもう取りこぼしたくないもの、たくさん。 しかしそれでも、そんなにたくさん手に入れてもね、やっぱりシリウスには足りなかった。、、小さな妖精。 あれが、いなくては。 この埋まらない隙間を埋めたかった。幾ら満たされても、足りなかった。だって一等大切なものが、欠けているんだもの。穴の開いた器に、水を注ぐのとおんなじ。とっても空虚で、かなしかった。 …どこに行ってしまったんだろう? シリウスは探した。探して、探して、探して、諦めきれないって言って諦めながら、それでも探してた。いつも、いつだって。 楽しい時も、笑っている時も、いたずらしているときだって。 大抵その小さな妖精のことを考えている時、シリウスはその銀色の目玉をふっと曇らせてその透き通った眼差しを遠くへ運んだ。その様子は、あんまり凛として、それでいてひとりぼっちで、彼の高潔な孤独を浮き彫りにした。少なくとも回りにはそう見えた。 ただ大事なものをなくしただけの子供なのに、シリウスは美しかったんだね。だからその様子は、とても高尚なものに見えたんだった。 泣いてるのかい、と突然ひとりの少年が尋ねた。 シリウスは、ジェームズともとりまきとも離れてちょうど一人で、視線を遠くへさまよわせていたところだったので驚いた。 難しいことを考えているわけでもなく、何か特別なことを、ただの子供には理解できない、ブラックの家の子にだけ考えつくような、立派な孤独を考えていたのではなくて、ただただ彼が、ただの子供と同じに、なくしてしまったもののためにただ涙は流さずに泣いているのだと見抜いたのは、その少年が初めてだった。 おとなしそうな印象がある、青白く月のように透き通った男の子だったよ。見透かすような瞳をしてた。 華奢な体をして、手首とそれから首に、包帯を巻いていた。頬にも幾つか、擦り傷や引っ掻き傷がある。物憂げで優しげな、少し強張った微笑を浮かべてた。 その子が首を傾げると、くすんだ金の髪が、図書室の光を集めてさらさらと流れた。同じ色のまつげの下に、焦げた蜂蜜みたいな色の、金の目玉がある。 「泣いてるのかい、」 彼はもう一度尋ねた。 「君、たまにここへ来るね…ここで見る君は別人みたいに、見える。」 少年は、自分でもシリウスに声をかけたことを後悔しているようだった。しかしそれでも、話しかけずにはいられなかったようにも見えた。彼は言葉を選びながら慎重に、それでも朗々と話した。真夜中にマザーグースを朗読をさせたくなるような声音をしてる。やわらかい形。 「………どう見える?」 驚いたままシリウスは、ポカンと少し口を開けたままそう言った。セピアの写真の中に、迷い込んだような錯覚をしている。 少年は少し、躊躇うようにささやいた。 「…ただの男の子に見える。」 シリウスは彼と友達になった。 正確にはシリウスがなんとなく気にかけるようになってジェームズがそれに興味を持って、ピーターはしょっちゅう魔法薬学でペアを組まされた。彼はリーマスって名前だった。 ジェームズは、君が自分から人の名前を覚えるなんて珍しいと口を尖らせた。なんだかそれが愉快で、シリウスは屈託なく笑った。 |
シリウスはよく笑うようになった。悪戯に益々労力をつぎ込むようになったし、取り巻き連中から逃げるようになった。 ホグワーツへ来て、もう1年が経とうとしている。 長い夏休みが明ければ、来期には弟が来るだろう。 彼は取り巻き連中から一歩距離を置いて、それでも一応は恭しい態度で接してくるあの銀の長い髪した上級生が、自分の親に「申し上げてよいものかどうか…」と前置き付けて、しっかり報告したために初めて吼えメールなるものを目にすることになったし、自分の容姿が世間一般からは少し違うのだということも知った。彼はあらゆるものを吸収した。 たったの1年が小さなシリウスにもたらした変化は、いったいどれほどのものだったろうね。彼は明るく、そしてますます傍若無人で、恐れを知らず、いつだって中心にいた。ますますあの暗い家が嫌いになり、そして獅子の巣を好ましく思うようになった。 そしてそれから、の話をするようになった。 「はすごくちっさくてさ、それで茶色い目玉をしてるんだ。髪の毛も一緒だ。ふわふわして、雲みたいだ。のばらの香りがするんだよ。 そうしてとても歌が上手で、きれいな声で歌うんだ。それから笑うととてもかわいい。 俺に虹を見せてってよく頼む。紫陽花が好きで、鬼百合が怖いって少しむくれる。 昔一緒に空も飛んだ。箒を買ってもらった時だ。 どうしていなくなってしまったのかな、俺のこと、忘れてしまっただろうか。」 の話をするとき、大抵シリウスはどこか夢見ているようで、つかみ所がなかった。女の子と一緒にいるときでも、彼はの話をしたのでよくそれを理由に腹を立てられた。 彼にはその理由がいまいちよくわからなかった。 ジェームズやピーターは、彼がの話をすると、決まってやあまた君の初恋の君の話かい、と笑った。誰もそれがまさか、本当に手のひらに乗るくらいの小さな妖精のことだなんて思いもよらなかった。 彼は一緒に笑いもしなかったし照れもしなかった。ただうっすらと、さびしげな微笑を浮かべていた。 「俺のこと、忘れてしまっただろうか。」 あの少年、リーマスだけはこう言った。 なくしたもの、懐かしいんだね。 しかしシリウスはこう答えた。 なくしたんじゃない、今もここにいるはずなんだ、だって約束したから、ただ隠れてるだけなんだ、俺が見つけられないだけで。は隠れんぼが上手だった。 それにただリーマスは優しく悲しげに首を振った。もうそれはないんだよって。でもねシリウスには理解できなかった。 いつの間にか彼は、が妖精だったことをあまり思い出さなくなっていた。 |
「報告は簡潔、かつ重要なことだけを順当に。」 狩人の目はいつだって黒く、底はなく、恐ろしかった。銀の髪をした、まだ年若い青年が背筋をぴんとさせてはっきりと発音した。 「はっきり申し上げてよいものか判じかねますが、」 「遠慮はいらない。無駄手間だ。」 「は、」 彼は背筋を伸ばしたまま、頭を下げる。銀の髪は、さらさらと天の川のようにこぼれた。 「ご子息の行動は目に余ります。ポッターと馴れ合い、スクイブを供にし、なによりまず「獅子寮!」 狩人が重たい息を吐いた。それだけでこの若者を黙らせるには十分だった。 「下がって良い。わかっている。最初から何もかもが間違いだ。獅子寮だなどと!」 彼はゆっくりと頭を下げると部屋を出る。重たい扉を開けると、子供がいた。彼の胸の下あたりまでしかない背。黒い髪がつやつやと、きれいに切り揃えられている。 黒に見えるな。 と彼はなんとなく思った。しかしこれは茶交じりの黒であり、兄が持つといわれる漆黒に敵わないと、言われ続けるのだ。不思議なものだ。黒は黒だろうに。 「立ち聞きとは趣味が悪い。」 喉の奥で小さく笑ってそう言うと、子供はその冷たい眼差しを彼に向けた。茶色がちな黒い目玉。 「僕は父上に呼ばれたのだ。」 「そうですか。」 彼はそのまま、笑って通り過ぎた。重い扉を少年が律儀にノックする音を聞いてますます彼は低く笑った。 「…ルシウス。」 呼ばう声に振り返る。残念なことに家柄はこの家のほうが数段以上に上だったのだ。 「なにか?」 「…なぜ心では思ってもみないくせに敬語を使うんだ?」 不思議でならない、という目をしていた。今度こそ彼は嘲るように笑う。 「それが分からずまた、」 「それを口に出して訊ねられるからあなたは、」 小さな少年が唇を噛んだ。悪い癖だ。彼はニヤリと笑う。悪い癖だ、それは弱い人間のすることだ。 「劣ると言われるのですよ。」 振り向いたりなんてしなかった。だって彼にはわかっていたからね、小さな男の子がもっと食いちぎりそうに唇かみ締めてることなんて。 |
どこへ行ってしまったんだろう。 シリウスは首をひねる。 悪戯の待ち時間だった。 大時計が九時を打つのと同時 に、作戦開始の予定だ。シリウスは中庭の木にもたれ掛かって時がくるのを待っていた。あと五分。 彼はね、、大抵暇な時や時間を潰したいとき、それから退屈なとき、さびしいとき、なにか忙しくないときは大抵がどこへ行ったのか、それを考えるようにしてた。してたというより、考えてしまう。 どこへいってしまったんだろう。 ふと目を上げたた、前髪が少し、うっとおしかった。 季節はもう七月に射しかかろうとしてた。少し、日差しが熱い。 渡り廊下を渡る女の子が見えた。茶色い髪の毛をしている。 そのふわふわと動く様子に、シリウスはふと視線が吸い寄せられる。 「あ、」 シリウスは目を見張った。 とてもよく似てる。 「…?」 ターゲットは渡り廊下を渡る生徒なら誰でも。先着1名様、素敵に悪夢のような、真っ暗蛸墨をプレゼント。 九時、二分前。 「!」 シリウスは駆け出した。大きな声で、叫ぶ。 あのきれいな妖精、彼の、悪夢のような真っ暗に、染められてはならない。その黒に耐え切れず、翡翠の翅がもげてしまうに違いないから。 「来るな!」 |
女の子がびっくりして目を見開いてる。 その子をぎゅっとかばった瞬間に優しい茶色の目玉が見えた。彼女は小さくて、シリウスの腕の中にすっぽり。 随分大きくなったような気がするけれど、ああやっぱり小さい。 バッシャンって上から降ってきた蛸墨と、それから女の子の悲鳴と。 (ああ) シリウスはほほえむ。 (やっと手に入れた。) 彼のずっとほしかったもの。 なくしてしまったたからもの。 |
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