シリウスがふと気付くと、彼はどうやら汽車の中に立っているようだった。
『銀河ステーション、銀河ステーション。』
と、アナウンスがあたたかい車内に幾重にも響いている。
なぜだかシリウスはそんな汽車の中に突然現れてしまったのだ。
ビロードを張った座席に車内の赤い燈がてらりと映っている。
ガタントト、ガタントト、と汽車が揺れる。車内の様子は品が良く、うつくしかった。
窓の外には濃い夜闇のなか、深くミルク色に煙った真珠の河が淡く輝きながら流れている。あちこちに、宝石でつくられたようにうつくしくきらめく標識や、燐と燃える赤や青、白の炎が星のように並んでいる。
シリウスはガラスに右手をついて外を覗きこんだ。
少し驚いた表情の自分を透かして、まさしく天文学で見たことのある並びに標識が
並んでいるではないか。標識は河のほとりに静かに光ながら坐している。
河辺の、ススキに似た植物の穂は、鋼玉と白銀を砕いて数珠に通したようだ。
汽車が駆け抜けると穂先が千切り飛ばされて、宙に舞った。
遠くで小さな赤い火が燃えているのが見える。
水晶でできた滑らかな球体が、ふたつ、清澄な光を発して凜と輝いている。
額に輝くダイヤを飾った真白な天馬が、ススキの原を悠々と駆けて行った。
汽車は不思議に透き通った水の上を進み、水面で休んでいた幾千もの鳥達が勢い良く飛び立つ。
黄色い標識がいつか見た生物の形を描いている。
どうしてこんなにも不思議で神秘にうつくしいこの光景を見たことがあるなどと思うのだろう。シリウスはえも言われぬ懐かしさに胸が締め付けられるようだった。
「あんたはどこから来たんだね。」
声に驚いて振り返ると、そこには男が坐っていた。
つい先ほどまでは誰もいなかったはずだ、なのに今ではまばらだがシリウスの車両に人が乗っていた。
シリウスは多少うろたえながらも、男の向かいに腰を降ろした。
「やあ。」
男は人懐こく穏やかに笑って見せた。シリウスも黙って会釈する。
俺はどこから来た?
シリウスは考える。 そんなシリウスの様子を見て、男はひとり納得したようにほほ笑んだ。
「ああ、あなたはサウザンクロスへゆくのでしょう?ええ、そうに決まっていま
す。」
何か言おうとシリウスは口を開いたが、心の奥で、その通りだと言う声がして、黙った。
なんともなしに気まずくてシリウスはポケットに手を入れた。
するとカサリと言う音とともに何かが指に触れる。なんだろうと思い、取り出すと、ねずみいろのきっぷが丁寧に折りたたまれて入っていた。
男はそれを無理やりに覗き込むと、やはりという顔で笑う。
「ああ。やはりそうですね。なに、すぐ着きますよ。心配はいりません。」
なんとも言えない気分になって、曖昧にほほえみ返すと、男はにっこりと笑って、車窓をトントン、と叩いた。
真っ白な光が、優しく漏れ出している。
「ほら、もう着いた。」
男がほほえむ。汽笛がぽおう、と大きく鳴った。
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