「じゃあ、」
が呆れた、と顔中に書いて言った。
「じゃあセブルスが思わず!うっかり!ぽろっと!朝の食堂で、リーマスのことを、おおっとしまった我輩としたことがついうっかりぃ!ってなかんじで、言ってしまった、と。」
大方そんな感じだね、とリーマスが頷くと、はポカンと動きを止めた。手に持ったカップがほとんど傾いて、こぼすよ、と言うと慌ててそれを机に置く。そして今度は、信じられない、とリーマスを見た。
「私、久しぶりに誰かに呪いかけたいって思ったわ。」
真面目な顔でがそんな風にいうのでリーマスはおかしくってぷっと吹き出した。それにますますが変な顔をするから堪らない。リーマスは笑い続ける。
「なんで笑うの!」
「だってが物騒なこと本気で言うからさ!」
「本気も本気よ!セブルスの頭を忘れたとは言わせない懐かしのルミナスオレンジアフロにしてやろうかしら!ジェームズ君人形のオプションつきで!」
やあスニベリーって言い続けるのよ!ってが甲高い声を出して言うと、リーマスは本当に堪えきれなくってお腹を抱えて大笑いした。だっておっかしくって!
逆に、本当に楽しそうに笑うリーマスに、は少し毒気を抜かれたみたいにびっくりして、セブルスめ!って振り上げたこぶしをストンと下ろした。
急に静かになったので、リーマスがなに?って首を傾げたら、は微かにほほ笑んだ。しずかなしずかな、微笑だった。
「リーマス変わったね。」
ぽつんとが呟く。しみじみとしたそれに、そうかな、とちいさく微笑みながら、リーマスはココアのカップに目を落とす。やさしい色をした表面には、ぼんやりリーマス自身が映っている。
変わったかなあ、の顔を見ないまま、リーマスはカップに口をつけた。
の淹れるココアは、いつだっておいしかった。
「変わったよ。…うん、穏やかになった。」
が疲れたように、でもうれしそうにわらってリーマスを見る。なんだかだきしめるような言葉はくすぐったくて、リーマスはココアを覚ます振りを続けた。それにが、ふと悪戯っぽく目を輝かせる。
「昔なら、そうだな。セブルスに呪いの三つや四つかけて出てきたんじゃない?」
ええ、と顔を上げたらがニシシと笑っていて、リーマスはしかたないなあと肩を竦めた。
「そんなことしないよ。」
「いいや、そんなことあるね!」
「そうかなあ。」
「そうだよ。」
顔を寄せ合ってふふふ、と笑ったら、なんだか本当に学生時代に帰ったみたいだ。ローブにホブワーツの匂いでもついてきたんだろうか、思わずリーマスがそんな風に思ってしまうくらい。の笑顔もなんだか幼く見えた。
が笑う。
少女のようなほほえみ。でもあの頃とは違って、うん、今のほうがもっと好きだなってこっそり考えてリーマスはふふ、と笑う。
あの頃。あの頃かあ。遠いつもりで実はまだけっこう近いのかもしれない、懐かしい昔話。
思い出すのは、の笑った顔怒った顔泣いた顔優しい声小さな手、ジェームズのシリウスの(それからピーターの)笑う声力強い手、リリィの優しい目、秘密のおしゃべり、階段のゴースト、ハニーデュークスのお菓子、ハロウィンの行列、クリスマスの天文台、卒業パーティー、広間の大空、馬鹿げた悪戯、湖のイカ。
他愛もないことから大切なことまで、たくさんたくさん浮かんでくる。でも自分のこととなると話は別で、ココアに映った自分の顔と一緒だ。
とてもつよく思ったこと、怒りや無力感、孤独。たくさんあったはずだ。なのになんだか曖昧で、思い出せない。
あの時"僕"は、なんて思ったのかな。
リーマスは考える。
幾つもの年月に起こったのは苦しいことのほうが多かったはずなのだ。なのになぜかな、そういった感情の輪郭はやさしくぼやけてしまって、他人や周りのことばかり、いきいきと浮かび上がってくる。
(不思議だな。)
自分のことなのに、リーマスは少し笑う。残酷な衝動や、悲惨な覚悟や、たくさんあったはずなのに。変だな、浮かぶのはしあわせな記憶ばかりだ。そんなことあったっけ、って思わずほほえんでしまうような些細なことばかり。
これは"僕"が変わったためなんだろうか。それとも単に年月が経ったため?
リーマスは考えて、でも、これは、どっちにしろ素敵なことなんじゃないかなあと結論を出す。そうだ、いつかが笑った。
おじいさんやおばあさんになって、しあわせなことばかり、笑いあえたらいいね、悲しかったことも、悲しかったね、ってしみじみ思い返してほほえめたらすてきね、って。
うん、おじいさんやおばあさんにならなくても。
リーマスは考える。
僕らはもうそんな風になれるんじゃないかなあって。
まだ世界は暗いし、親友そのいちは無実の罪で逃亡中だし、親友そのにの息子で教え子は悪の魔法使いにしつこく命を狙われているし、僕は魔法使いで狼人間で職がなくって(もちろんお金がなくて)、彼女は魔女で魔法薬の研究をしていてお金がない。
自分の置かれた状況を丁寧に大雑把に並べてみるとなんとみごとに平和とは程遠い。なのにこうしてと穏やかな昼下がり、ふたり向かい合ってココアを飲んでいて、思い出すのはささやかな幸福ばかりだ。
なんともなしにを見たら、なに?ってが首を傾げる。
黒い目、細い首、長い指、爪の先の染み。笑うととたんに幼くなる。無造作に後ろで束ねた髪。(あれその髪留め。)(学生時代に初めて買ってあげたやつじゃないかゾンコのおまけだよ!はずかしいなあ!まだ持ってたの!)伏せるとふっくらした目蓋。鎖骨の浮いた薄い皮膚。
リーマスは少しぼんやりして、また少し笑う。
思いついたことはあんまりすてきで夢物語のようで、それでいて同時にとっても大変で現実が重くのしかかる困難なことだったからだ。
(でも、もしかしたら。)
リーマスはをもう一度見やる。
(…なんて言うのかな。)
柄にもなくどきどきして、それからほんの少し泣き出しそうになりながら。
晴れたら
日向でワルツを
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