行くな、とみんなは言いました。手を伸ばして、私の髪を頬を背をやさしく撫でるように繋ぎ止めようとしたのです。
しあわせになれるとおもうの?ほんきでそう、おもうの?
緑の目、赤の目、紫苑の目が私にたずねます。たずねながらもその目は、なれるはずがない、と言っていました。
なれるわけないよ、やめなさい、お止めなさい、ここにいれば、私たちがなにより大切にしてあげる。願いも望みも叶えてあげる。あらゆるものから守ってあげる。優しい光をかがってあげる。
なんて優しくあまい言葉だったでしょう。そして彼らは、もちろんその通り実現し、あらゆるものから私を守り、あらゆるものを私に与えてくれるのに違いありませんでした。
けれど。
けれど私は、あのやわらかに洗われた白い月光のなかいきたかったのです。まっさらなリネンと清潔な
ガーゼ、白くやわらかなコットン。
そんなものに包まれた世界に、わたしはいきたくていきたくてしかたがなかったのでした。そんな世界を構築している人の隣りが、とてもいとおしかったから。
おっとりとほほえむ人。ささやくような指先で、鍵盤を弾き優しい音を紡ぐ人。わらうと目がなくなる。大きな手の人。優しい人。
その人が当たり前のように好きでした。とても、とても。
だから私は、四人の古くやさしくいつでも共にあって何よりいとおしい友人を去って、そのたったひとりの優しいだけの人のところへいこうとしていました。
それはやはり、我が儘なのでしょうか、勝手なのでしょうか?
けれど私は、それこそ自分勝手にどちらかを捨てるつもりもなかったのでした。いとしい人も、いとしい友人も。
どちらを選ぶつもりも選ばないつもりもなかったのです。
ただ。ただ友人とは少し、時と場所とを隔てるだけ。心はいつも共にある。そう信じて願ってやまなかったのは私だけだったのでしょうか。
友人たちの心は私から 離れてしまうのでしょうか。
彼がわたしたちと人種を同じとする、魔法使いであったなら、こんなにも彼らと時を隔てる必要はなかったかもしれませんでした。
自分のことを何よりたいせつにおもっている友と魔法と住み慣れた世界を去って、友人も魔法もない、ただ魔法への畏れと妬みのある世界へ行こうとしている。
たった一人の愚かなマグルのために。
一度ならず自分たちを酷 く傷つけ、大切なものをうばってばかりきた世界に。
友人たちにはこう見えたかもしれませんでした。
いえ、実際はその通りです、彼には魔法もありません。
彼の暮らす世界で魔法は禁忌とされていました。
けれど、噫、けれど彼の作る彼の世界はそんな厳しさも空しさも見あたりませんでした。ただただやさしくあたたかな世界を彼は作っていました。そのひたむきな強い腕で。
そして、その光のもやのなかで私に手招きしたのです。
いっしょにくらそう。
確かにそう言いました。
私はどちらもあいしています。友人もその人もたったひとりのゴドリックもこの世界もすべて。私はどれもあいしている。
だから私はどうすればいいかわからなくて、泣きそうになりながらおろおろとふりかえりました。たくさんの手は今にも私掴まえようと手招きしています。
(いっては いけない。) (噫でも私は。)
一度つかまれば、逃れられないのは目に見えていました。
(どうすれば、いいんだろう。)
視界をやさしく覆うように立ちふさがる手のひらの向こうに、静かに立つゴドリックを見ました。縋るような、思いで。
ふとゴドリックが言います。
行けば良い。
かわらないほほえみ。
行けば良い、、しあわせにおなり。
そう言って私の目蓋にキスをしました。青い目がほんのすこしさびしそうにほほえんでいました。
私は私を繋ぎ止めようとするむっつの手のひらと背中を押したふたつの手のひらの主にありがとうとだいすきとをこめて、その首にだきつき、それから走ってそこを去りました。
決してふりかえりません。まだむっつの手のひらが私を引き止めようとしているのを知っていたからです。
緑はきっと呆れるのでしょう。赤と紫苑はめちゃくちゃに怒るのでしょう。
では青は?
白い月光のなかに私は勢い良く飛び込みました。
私の深い深い黒緑のローブは、やわらかく沁みいるような白に色を変えます。
青はどうするでしょう、ちらと気になりました。
転がるように飛び込んだ私を、嬉しそうにわらって優しいだけの手のひらが迎えます。
ありがとう共に歩んでくれて。
その言葉と同時に私をつつんだ腕のなんと大きく優しいことでしょう。
そういえば彼はすこし、ゴドリックに似ていました。だきしめる時にぎゅうとして、私の髪に頬をくっつけて思いきり息を吸い込むところとか、そうしながら、私の背中をおやすみとささやくみたいにぽんぽんと叩くところとか。
私は穏やかに満ち足りた心地になって、その腕のなかでほほえんで、そっとふりかえります。
ゴドリックが、いつかの丘で小さく笑いながら手を振っていました。
(、、わたしだけのあなた。やくそくしよう、またいつか、きっと。)
私もほほえみを返して。
噫。そして、すこし、ほんのすこしだけ。
|