言葉はいつだって不鮮明。曖昧なまま終わりを迎え。彼の口は虚構を積み上げる。四角くて歪な嘘をいろいろなもので飾ったら、ずいぶんおもしろおかしくて、見る者を楽しませるくらいの陽気な騒ぎになった。彼の周りとぐるりと囲んだ、頑丈な塀の内側は、石の肌つめたく、太陽の光もずいぶんとおくて、とてもさびしい景色です。だから彼は積み上げた石の塔のてっぺんに腰掛けて、足をぶらぶら、口笛吹いて。そらには青い雲も流れて、見晴らしのよいそこはずいぶん居心地よかったので、ついには塔のてっぺんで、寝起きをすることとなりました。
 いい天気。青い空には雲も流れて。

 パチンとシャボン玉、はじけて彼はふいに一瞬の夢想から戻った。明るい内に見る夢というのは、ずいぶんロマンチックで象徴的。もう一度シャボン液にストローの先つけて、ぷぅわりと膨らませる。風に乗って、ふわふわ、パチリとどこかではぜるのだろう。
 ぷぅわり、パチン。さようなら。

「ああ!やっぱりにおくんここにおったとね!」

 パチン。

 びっくりし過ぎて今度こそ目が覚めた。
 屋上には誰もいない。当たり前だ、まだ会社の休み時間。ずいぶん懐かしい話し方使って、屋上の扉あけたように思った女の子は遠い思い出のかなた。ずいぶん昔に置いてきた。それにしても、ずいぶん鮮明に見えたものだ。
 ―――疲れとるんじゃろか。
 目を一度大きくまばたきしてから、ネクタイを寛げる。今日はまだ水曜日。この一日が、終われば明日が来るのは当たり前。一週間は月火水木金土日の七日間。お休みは日曜日。今日はまだ水曜。
 ああしんどいなぁ、さぼっちゃろうか。
 ぷぅわり、ぱちん。サボり癖は小学生に上がる前から。いくつも小学校、通い変えたけれど、一番長かったのは祖母の家に住んでた頃に通ってたところだろう。
 父親は転勤族で、物心つく前から引っ越しばかりを繰り返していた。その多くの引っ越しの中で、特殊だった時期が一度だけ、ある。父方の祖母の実家にひとりで預けられたのだ。今思えばその時母はどうしていたのか。まあ、今は両親仲も良いしあえてむせ返すこともないだろう。
 言葉使いの癖のほとんどは、そこで染み付いた。もうひとつの癖、さぼりのほうはその頃にはすでに、染み付いていた。
 ちゃん、という女の子がいた。クラス委員をやっていて、彼がさぼるといつも屋上に迎えにきた。

「仁王さんがシャボン玉してるー!」
「ほんとだー!」
 きゃっきゃと笑いながら小さく手を振って去ってゆく女子社員たちに軽く手を振り返して、手すりに体重を預け直す。空が青いのぅ。
 そういえばいつもさぼる日は天気がよい。天気がいいと、さぼりたくなるのだ。ああ、海が見たい。祖母の家には海があった。青い空と青い海。雅治くんはなんも心配いらんけねぇ。あれは一人で預けられたことを指していたのか、両親のことを指していたのか。今となってはわからない。ばあちゃんのしわくちゃの手は、乾いて少しひやりとしてた。

「…海を見に行きたいのぉ。」

 有給貯まっていたっけな。
 祖母の家は今もまだ、海辺にある。



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