すっかり空気が抜けてタイヤの回らなくなった自転車をなんとか引きずって、に金太郎はついてきた。
 そのままいつもは前を通り過ぎるだけのたこ焼き屋で立ち止まって、「たこ焼きふたつ。」。白いパックに並んだ出来立てを差し出した途端、金太郎はたちまち元気になった。
 店の前に並べられたベンチに並んで座り、金太郎は食べるのとしゃべるのに忙しい。
 なんでも東京へ行こうと思い立ったのは、友達の"コシマエ"くんとテニスの試合をしたかったためらしい。いくらなんでも、無謀だ。聞きながらは、何度も目を丸くした。

「なんやぁ!も中学生かいな!ワイは1年!3年?白石と一緒やな!」
 あっという間にたこ焼きは、金太郎の胃袋に消えてしまった。チラ、とその目がの手元に落ちるので、「いる?」「ええの!」…素直なのだ。
 思わず笑ってしまって、いいよ、と差し出せば、おおきに!と元気な返事。
 受け取った端から、ペロリと平らげてしまう。いい食べっぷり。ちょっと目を丸くしながら微笑んで、はゆっくり、会話を続ける。
「しらいし?」
「せやで!白石!うちんとこのテニス部部長〜!あ、ワイ、テニスやってんねんで!で!白石は毒手でバイブルでパーフェクトなエクスタシー?やねん!」
「…そうなん…?」
 説明された白石くん像が、にはほとんどわからなかった。辛うじて中三でテニス部部長という部分は理解できたが、あとがわからない。なんというか、こわい。
 得体のしれない恐怖にさいなまれるを余所に、きれいにたこ焼きをたいらげた金太郎は、パンと手を合わせてお辞儀をする。
「ふわー!ごっそうさん!」
 はいよろしゅう。がくすくす少し肩をすくめて笑うと、金太郎もちょっと照れくさそうに笑った。
 お腹が膨れて、もうすっかり元気を取り戻したようだ。
 それを見て、は「さてと、」と立ち上がる。金太郎はきょとりとそれを見上げて首を傾げた。
「ちょお待っとり?今お兄ちゃんかお父さん電話してみるから。」
「え?」
 金太郎の目が、まんまるになる。
「もう日も暮れたし、修理するにしても今からチャリで大阪戻るん危ないやろ?」
「でもワイ、コシマエと試合したい!東京行く!」
 すっくと立ち上がると、金太郎は大きな目でを見上げて来た。意志の強そうな―――言い出したら聞かないごんたくれの目だ。これは少し時間がかかりそうだな、と、似たような兄のいるは思いやってムンと胸を張った。
「だめ。」
「なんでや!」
「ちゃんとおとなの人に言うて来てへんのやろ?みんな心配しとるよ。怒っとるとも思う。」
「むー…、」
「ちゃんとお母さんやお父さんや、みんなに行ってくる言うて、コシマエくんにも行くでーって連絡して、おいでー、いっといでー、って言われたらいっといで?な?もし行ってコシマエくんがおらんかったら?行くだけ損やろ?みんなきんたろくんがどこ行ったか知らんから一生懸命心配して探してくれとったら?悪い思わへん?」
 なにか金太郎が言うのを防ぐように、言葉を並べる。
 勢いだけで飛び出してきたらしい、金太郎は、それでもまだ他人の言葉を聞くだけの賢さはあるらしく、唸りだした。
「うー……、でも…、」
「みんな心配もするやろし、怒るで。その、白石くん?とかめちゃめちゃ怒るで。間違いあらへん。」
 その言葉に、金太郎はギクリと肩を強張らせると、どくしゅとかなんとかブツブツ言い始めた。どくしゅこわい…こわい…。その横顔が、こころなし青ざめている。微かに聞こえるその呻きに、はますます、その白石くん、が怖くなった。できればぜったいあいたくない。

「………うん………わかった!今日は帰る!」

 ほどなくして、金太郎が元気にそう声をあげた。
「えらい。」
 ぱちぱちと拍手してにっこり笑うに、金太郎がひとこと。
「なんや、白石みたいやな!」
「えっ!」
 それは少し、勘弁してほしい。


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