大阪の楽器屋のほうがリードが安い。というよりそもそも大阪の方がなにかと物価が安い、気がする。
 部活で使う用具はなにかと入用で、しかし高校生のお小遣いには限りがある。ちょっとでも安ければ、言うことはない。電車代を差し引いても、京都で買うより大阪まで出向いた方が安かった。おまけに特急に乗ればすぐだから、と午前授業だったのをいいことには大阪まで買い物に来ていた。

「…よく会うなあ。」
 自分のことなのに、思わず感心してしまってはひとりで呟く。
 大阪に住んでいると聞いていたから、ひょっとしたらもしかすると、会ったらおもろいなー、くらいに考えていたら、会った。

ー!!やーん!!」
 赤い髪が、人ごみの向こうで、ぴょんこぴょんこと跳ねている。背が高いから、跳ねなくたって見えるのに、小さなころのくせだろうか。それとも性格だろうか。どちらもな気がするが、とにかく金太郎が、道の向こうで跳ねながら手を振っている。
 相変わらずだが、なにせやたら、声がでかい。
 ちょっと恥ずかしいなあと思いながら、それでもやっぱりはひらひら金太郎に手を振った。
「なんで大阪おんのー!うそー!ほんまにー!!?おもろー!」
 いつ会っても元気だ。は今度こそ、笑ってしまう。
「今そっち行くしなー!!」
 ぶんぶんとちぎれんばかりに腕が振られて、ふいに赤い髪が見えなくなった。


「なんや金ちゃんあの子と知り合いなんか?」
 ちょっと待つか、とが橋にもたれかかったころ、金太郎は目をまんまるにした先輩ふたりに挟まれてにこにこしていた。
 その疑いの、というよりも驚愕のまなざしに、金太郎は、「なんでワイが嘘つかなあかんねん、」と口をとがらせる。
「ほんまのほんま?」
「だからせやってー!おーい、〜!」
 もう一度跳ねて、ぶんぶんと手を振り出した金太郎に、遠くの方で彼女がちょこりと胸の前で手を振り返す。あ、かーわい。先輩ふたりの頭が思わずお花畑になったところで、それ以上なにか言われる前に、金太郎は駈け出して行ってしまった。
 大きくなっても変わらないすばしっこさで、あっという間に人ごみをかき分けて遠くなる。

「ほんまに知り合いみたいやな。」
 残されたふたりは、顔を見合わせる。
 その二人の先輩のうちのひとり、白石蔵ノ介が思っていたのとおんなじことをもうひとりのほう、忍足謙也が言った。
「…かわいいなぁ。」
 蔵ノ介のほうも素直に言ってみると、うんうんと謙也も頷く。
 金太郎の声ときたらなにせ大きいので、こちらまでかすかに聞こえてくる。
 うわー!ほんまにや!なんでおんの!?え?!部活の買い物?ひとりできたん?部活なに?すいそーがくぶ!知らんかったー!

「…ちゃん、か。」
 ううむ、と顎に手をやって、蔵ノ介が唸る。遠くでそのちゃんは、金太郎がなにか言う度に、おかしそうに笑っている。肩までの茶色い髪はふわふわしてやわらかそうだ。やっぱりかわいい!蔵ノ介が力強く頷く。
「…あの制服ってあれやんな?」
 とは謙也。それに蔵ノ介は、首を傾げる。
「制服が、どないしたん。」
 かわいらしい制服だ。赤いリボン。ここら辺では見かけない。
「ああー、そうか。白石大阪やし知らんか?俺ほら、イトコ京都やから。あれ有名な女子校の制服。頭いいとこ。かわいい子多いねん。」
 というより女子しかいないのだが。謙也の情報に、へえー、と頷きながら、女子校、と聞いて蔵ノ介はお嬢様を思い浮かべていた。
 お嬢様と、四天宝寺の野生児。
 なんともな組み合わせだ。もう一度目線をやった先で、ふたりは楽しそうに、話し続けている。

「まあどっちにしろ、」
 視線を金太郎からお互いに戻して、二人は顔を見合わせるとニヤリと笑った。
「うらやましい。」
「おもしろそう。」
 どっちも本音だ。
 ふたりはさっそく、我先にと人ごみの中を歩きだす。
 この後蔵ノ介に関しては、初対面にも関わらず名乗った瞬間に、「えっ、し、白石君?」とにちょっとおびえて後ずさられることになる。




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