金太郎は、ちょっとふてくされていた。
「なんで〜なんでなん!」
「なんでって言われても…。」
 なあ?と謙也が同意を求める隣で、蔵ノ介が黙々と携帯をいじっている。

「なんで白石と謙也がとめーるしとるんやー!!」

 ワイかてしてないのにー!
 うがあと叫ばれた言葉にやっと顔をあげて、蔵ノ介が言う。
「金ちゃん。マクドでうるさしたらあかん。」
「ずるいいいいい!ワイかてめーるしたいーー!!」
 ごろごろごろ。2階の奥のソファで、金太郎が転がる。慣れているのでそこにいる誰もが、それぞれにおなじみの反応を返した。
「金ちゃん、うるさしたらあかん。」
「そーよお。金太郎さん、お店でそないなことしてるとまた蔵リンに怒られるでえ!」
「せやでー金ちゃん、ごろごろするんは外かテレビの前だけにしとき。」
「先輩…前々から言おうおもてたんスけど、そういう問題ちゃうと思うんスわ…。」
「金ちゃん、ほら、俺のポテトやるつたい。」
「…ワシのもやろう。」
 最後の二人に差し出されたポテトに、遠慮なくがっつきながら、しかし金太郎の不機嫌は収まらない。
「だってー!だってー!ずるいやんかー!」

 カコカコと携帯電話で文字を打ち込みながら、蔵ノ介が気のない返事をする。
「なんもずるないて。」
「いーや!ずるい!」
 言い募る金太郎。ちょっと口からポテトが飛んだ。
「金ちゃんも携帯持ったらええねん。」
 もっともな一言である。しかしそう言ったのは、忘れてはいけない、高校1年生の白石蔵ノ介君である。その発言に、こいつほんま適当やな、という心の声を顔面に張り付けて、金太郎と同じ制服を着た少年が口を開いた。
「白石先輩…それ、中学部が携帯禁止て、知ってて言うてるでしょ?」
 校則違反のピアスをじゃらじゃらつけている人間が何を言うか、財前光のさりげない金太郎への援護射撃を、蔵ノ介は見事にスルーした。
「ず〜る〜い〜!」
「ほらほら、金ちゃん、あんまり駄々こねとったらいかんとよ。」
 ついには一番、金太郎に甘い千里からも注意されてしまった。それがますます、金太郎には気に喰わない。大きな体を折りたたんで、拗ねてソファーの隅でいじけだした。
 まったく図体ばっかり大きくなっても変わらないんだから。その様子に「しゃあないなあ、」と謙也が笑う。随分優しい笑い方なのだけれど、いじけてそっぽを向いている金太郎の目には写らないから残念だ。

「でもぉ、ほんっま意外よね!金太郎さんにそおんな女の子の知・り・合・い・がおるやなんて〜!あぁん、うちも会ってみたいわあ〜!」
「浮気か!死なすぞ!」
「いやあ〜ん!ユウくんたらぁ!」
 気がつけばいつものコントがいつの間にか始まっている。
「ええ子やんな…東京と京都間違えて途方に暮れてた金ちゃんに、声かけてくれたあげくたこ焼きおごってくれるわ、おとんに頼んで大阪まで車で送ってくれるわ…。」
「あらっ!できた子〜!」
「せやから浮気はあかんぞ小春うううう!」
「ユウジ、うるさい。」
 すっかり金太郎を置いて、話しが盛り上がり始めた。
 中学部と高等部に分かれたとはいえ、同じ学校。校舎ももちろん離れてはいるが、かつての最上級生たちは、しょっちゅう中学部の部活の様子を、覗きに来てはこうしてつるんでいる。
 なんだかんだ、全員残してきた後輩がかわいくて仕方ないのだ。
 まだまだいじけている金太郎をつつきながら、小春が笑う。
「も〜っ、金太郎さんてば焼き餅〜!?」
 きゃわ〜っと高校生男子が発するには甲高い声で悲鳴を上げられ、金太郎がムスッと顔を上げる。

「餅なんか焼いてへんわ!アホ小春!」

 それに「まだ金ちゃんには早かったか!」とどっと笑い声があがる。
 わけもわからず笑われて、金太郎はますます機嫌が悪いったらない。

「ほーら金ちゃん、笑って笑って〜?」
 ふいに謙也が、笑いながら携帯のカメラを全員に向け始めた。
 素早く察した金太郎以外の人間が、彼を取り囲んでソファーにぎゅうぎゅう詰めになる。
「ちょっ!なんなん〜!」
 金太郎の抗議もおかまいなしだ。光はその輪から離れて、「謙也さん、俺、代わりますわ…キョーミないんで。」と謙也から携帯を受け取って代わりに撮影し始めた。
 一方謙也の参戦した被写体組のほうは、上へ下へと押すな押すなの大騒ぎである。

「やーん!エッチ!誰や今触ったん!」
「誰や小春に触ったんはゴラア!」
「もっと詰めんと全員はいらへんで!」
「ぴーすしたらよかね?」
「…ワシのピースは百八式まであるぞ。」
「えっ!嘘お!ほんまに!?」
「あっ!マクドのお姉さ〜ん!写真お願いしますー!ほら財前も入り!」
「ええーぶっちゃけしんどいスわ…。」
「ほらーお姉さん困ってはるやろ!はやく!」
「…ほなお願いします。」
 スマイル0円とは言えお姉さんも大変である。

「ほーら金ちゃん、笑顔えがお〜!」
 蔵ノ介が、まだわけのわかっていない金太郎のほっぺたを、うしろから挟んでむりやり笑顔の形に引き延ばす。
「いひゃい!ひゃひふんへんハホー!!」
「何言うてるか、わからんなあ〜。」
 これ以上ないくらい、蔵ノ介がいい笑顔だ。

「はーい、ほな、撮りますよ?」

 ちーず。


「え…?なんなんお前ら、なんで俺がおらん間に、そんな、楽しそうなことしとんの?」
 一人だけポテトが足りずに揚げあがるのを待っていた健二郎くんが、ちょうどお姉さんがシャッター押し終わった瞬間に階段を昇ってきて、呟いた。もちろんその声は、おねーさんおおきにー!の大合唱に遮られて消える。

 それからちょっとして、の携帯に、画面いっぱいュウギュウ詰めの、楽しそうな写真が送られてきた。ほっぺたひっぱられて涙目になった、金太郎の顔が一番おもしろくって、は思わず、ひとりで笑ってしまった。


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