本格的な夏が来る。
 は、最近になって突然増えたメル友への返信に若干追われていた。

 会ってみたらそんなに怖くなかった白石蔵ノ介くんに、人当たりの良い忍足謙也くん。最初女の子かと思ったが、よくよく話を聞けば蔵ノ助から送られてきた集団写メの、坊主頭に眼鏡の少年らしい、金色小春く…ちゃん(と呼ぶよう希望された)。それからやたら「小春に手を出すな!」と主張してくる一氏ユウジくんに、めったにメールがこないが時折神がかったカメラワークで、猫や野に咲く花の写メを送ってくる千歳千里くん。同じくめったにメールがこないが、なんだか一言のメールに重みと貫禄がにじみ出る石田銀くん。むちゃくちゃ返信が速いがむちゃくちゃそっけない、財前光くん。すごくいい人そうで、しっかりした応答のメールをしてくれるのに、なぜかうっかり返信を忘れてしまいそうになる、小石川健二郎くん(なぜか彼だけ集団写メに写っていなかった)。
 そんな具合で、メル友がいきなり8人も増えた。
 しかも全員一応男の子だ。慣れないのでなおさら、メール返信の作業に追われてしまう。それでもなんだかんだで楽しいのは、やっぱり結局、彼らがみんな面白くって良い子たちだからだろう。
 その8人が、一体何者かというと、どれも全員、金太郎のテニス部の先輩だそうなのだが、見事にみんなキャラが濃い。
 蔵ノ介と謙也については、は直接会ったことがあったが(その時アドレスを教えた)、ほかのメンバーは金太郎を中心にした楽しそうな写メでしか、見たことがなかった。後はみんなメールでだけの付き合いなのに、なんだか毎日いっしょにいるような、騒々しさすら覚えるのだからおかしなものだ。きっと同じ学校に彼らがいたら、それは楽しく、騒々しく、大変な毎日だろう。
 一番、と知り合いなはずの金太郎の連絡先を知らないのがおかしな話だが、金太郎が携帯を持っていないので仕方がない。校則なのだそうだが、あれ?でもそう言えば光は携帯を持っている。
 しかしそのことをが、困るまでもなく、金太郎がどうしているかは8人のメール友達からの連絡でほとんど逐一知ることができた。


ちゃん!ちょお、金ちゃんまたおらんくなったらしいんやけど、そっち行ってへん?<(`m´≡`m´)ゝまったくちょっと目ェ離すとあの子は!』
『すんません。金ちゃんそっちにお邪魔してませんか?』

 日曜日の昼下がり、ふと携帯を見ればメールが二件。
 思わず窓の外を見て、しかしその姿は見あたらない。そもそも金太郎はの家を知らないはずだが、彼の場合、「なんとなく!」の野生の勘で、辿り着けてしまいそうだ。
 カコカコと画面に文字を打ち込みながら、は部屋を出た。

『今のとこ、来てへんみたい〜(´・ω・`)
コンビニ行くついでに、ちょっとあたりを探してみます◎』

 同じような内容で、二件とも返信する。

『おおきに!もしおったら、帰ってきたら毒手やからな!(^▽^)b+って言うといたってな〜◎』
『ありがとうございます』

 すぐさま返事が帰ってきた。毒手ってなんだろうと、随分前からは思っているのだが、結局怖くて尋ねられずにいる。サンダルを履きながら廊下の向こうに向かって、「おかーさーん!ちょっとコンビニ行ってくるー!」すると、「ついでにタビの散歩と、牛乳買うてきてー!」と、母親のお返事。
 タビと言うのは、飼っている犬の名だ。
「はーい!」
 元気よく返事をして、は玄関の扉をあけた。
 明るい日差し。思わずまぶしくって目をつむるほどだ。蝉の声も同時に、どっと流れこんでくる。夏だ。
 庭へまわると、暑そうに小屋の中でぐったりしていた老犬が、尖った耳をぴくりと持ち上げて見上げてを見上げた。散歩?行くの?
 パタリとしっぽを一度振る。
「そ、散歩。」
 言いながらリードを首輪に付けてやると、目を輝かせてすっくとタビは立ち上がった。さては疎水で水遊びする気なのだ。しっぽがちぎれそうに振られているがそうはいかない。びしょぬれの犬を抱えて帰るのはごめんだ。
 疎水とは逆方向に、ぐるっと少し遠回りして、コンビニまでの道を歩く。
 いつものたこ焼き屋の前はゆっくりと周りをうろうろ眺めながら、狭い路地は覗きこんで、いつかの神社の境内も通り過ぎる。
 いない。
 まさか本当に、東京まで行ってしまったのだろうか。
「こりゃコシマエくんかなぁ。」
 ワン!とタビのお返事。

「いらっしゃいませー。」
 やっと到着したコンビニ店内の涼しさにほっと息を吐いたのもつかの間、牛乳とパピコと取ってレジへ向かうの目に、もはや見なれた赤毛が映った。なんということだ、ワンワンとタビがじゃれついて、足止めをしている。は目を丸くして、あわてて会計を済ませると、熱い日差しの中へ飛びした。

「きんたろくん!!」

 その声にのろのろと暑そうに自転車を引きずっていた金太郎が、タビからぱっと顔をあげて振り返った。やっぱりお日様みたいな笑顔。
〜!!」
 ああ白石君、やっぱり京都でした。と心の中で呟く。最近金太郎は、結構な頻度で京都へ来るのだ。なんでも、もう行き方覚えた!かららしいのだけれど、なんの予告もないものだから、いつだって驚かされる。
「ほんま今日あっついな〜!溶けるか思ったぁ!」
 が真ん前に立つまで待って、ずいぶん高いところで金太郎の目玉が笑った。この少年、まだ背が伸びているのだ。はんぶんあげる、と買ったばかりのパピコを差し出しながら、はいいなあうらやましいなあと考えていた。高校へ上がってからまだ1年経っていないだが、中学生の時と比べてちっとも背が伸びやしない。
「これの犬?」
「そ!」
「名前は?」
「タビ!」
 へええ、と顔じゅう笑顔にして、金太郎はタビを一度なでた。タビがワンと鳴く。まったく番犬には向かない犬だ。そう思いながらタビを見下ろしていたの手から、コンビニの袋を、ひょいと取ると金太郎が自転車のカゴに放り込んだ。

「あ、ありがと!」
「どういたしましてー!」
 顔を見合わせてニヘ、と笑う。車道を歩く二人と一匹の影が、短く、黒く地面に落ちていて、木陰の斑模様のなか、蝉の声のシャワー。「はお使いか?」そう言えば冬でも金太郎のビーチサンダルは変わらないな、と気がついて、は少し笑った。今日は暑くて、もショートパンツにビーチサンダルを履いていて、傍から見たら姉弟に見えるかもしれない。「うん、そう〜!」あときんたろくんを探しにね!とは言わない。おもしろいから。
「せや、うちにスイカあるよー!きんたろくん食べてきおしー!」
「ワン!」
「スイカ!食べるー!」
 去年の夏以来、大阪からチャリできたきんたろくんは、家ではちょっとした有名人だ。父親も一回車で大阪まで送って以来だから、喜ぶに違いない。母親も、「いっぺん会ってみたいわあ〜!」とすっかり面白がっているし、つれて帰っても問題ないだろう。

 その後すっかり母に気に入られた金太郎は、「せっかくやしお父さんに会ってったげて〜!」、となり、父が帰宅すると、「おおー!久しぶりやなー!チャリンコ少年!」、そして続けざまに兄も帰宅し「おおー!これが噂の!」
「「晩ご飯食べてきー!」」
 結局晩御飯を食べて帰った。
 そうしてその後、金太郎が京都へ来た際には、の家でごはん、が慣例化することを、まだこの時のは知らない。




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