学校の昼休み時間。
 きゃっきゃとかわいらしい喧騒の中、はのんびり、友人とふたり、冷房の効いた教室の中昼食を取りながら談笑していた。夏休みが終わっても、まだまだ暑い。
 窓の外からは、バレーボールに興じる楽しそうな声が聞こえてくる。時折白いボールが、ベランダの柵よりも高く上がって、太陽と並んだ。
 机の上には紅茶のパックと、お弁当箱。
 蓋を開けてみると、今日はうれしいことにの大好きな竜田揚げが入っていた。うれしい。にこにこしながら頬張っていると、そう言えば、とふいに友人が顔をあげ、それにももぐもぐしながら首を傾げる。

昨日知らん学校の男子と歩いとった?」

「えっ!」
 ごほげほごほっ。危うく吹き出しそうになったのはなんとか阻止したが、逆に気管に入ってむせた。咳き込むにお茶を渡してやりながら、友人はなお、面白そうな目で彼女を眺めている。
 歩いたことは確かに歩いた。
 夏の全国大会があるから、としばらくテニステニスで遊びに来ていなかった金太郎が、「まぁたコシマエと試合できんかったああ〜!」と報告にやってきて、ついでにいつも通り、夕飯食べて帰ったのだ。
 しかしそんな理由を友人が知るはずもなく、確実になにか誤解されていることをはいち早く察する。なにを否定すればいいのかわからないがとにかく否定しなくては!気持ちは焦るがまず咳が止まない。
「なん、そん、しっ、」
 なんとか咳は収まったが、まだ日本語が帰ってきていなかった。それでも流石は、初等部からの付き合いだ。「なん、そん、しっ」が、「なんで、そんなん、知って、」だと理解している友人が、「ほんまなんや。」と目をぱちくりさせる。
 なんとなくそれに、の苦手な部類の会話が始まる予感を感じ取り、あわてて首を、大きく横に振った。勘弁してほしい。
「それはたしかに!ほんまやけど!別に、なんもないよ?」
「ほんまにぃ?」
 案の定友人は、机に肘をついて乗り出してくるとニヤニヤ笑いだす。
「ほんま!ほんま!」
 ブンブンと今度は首を大きく縦に振るに、ほんまにい?となお友人は、からかう姿勢を崩さない。ついにはガターンと立ち上がって、はその襟元を掴んだ。
「ほ!ん!ま!や!か!ら!」
 若干怖い。
 どうどう、落ち着け。と肩を叩かれて、落ち着かなくしたのはあんたやろ…!と内心は握りこぶしだ。大好物の竜田揚げもほっぽいて、プルプルしているに、どうやら本当らしい、と友人はやっと追及の手を緩めた。同時に「なぁんや、おもしろくない。」とも言ってのける。
 やっと落ち着いたか、は中断させられた食事を再開すべく箸を持つ。
 男の子だとか女の子だとか、そういう自らに降りかかってくる話がは苦手だ。それが他人の、たとえば目の前の友人のロマンスなら、喜んで聞くのだけれど。
 ニンジンを箸で刺しながら、はぶつぶつ、文句の言葉を呟いた。
「おもろないって、花ちゃんねえ…!」
 ごめん堪忍、とまったく悪びれなく、友人、花ちゃんが笑う。

「でも、けっこう噂になっとるよ?」

 その発言に、は、口に入れかけたニンジンを箸ごと落とした。
「えええー…?」
 おそろしい。女子の情報網とは、こんなにもおそろしいものなのか。
 かすかに怯えすらしているを余所に、花ちゃんはなおあははと笑う。
「髪赤くってー、制服着とってー、背ぇ高くてかっこよかったって。」
 髪が赤く、黒い制服のズボンを脛までたくしあげ、上はランニングに白シャツ、自転車を引いた背の高い男の子。
 まさしく金太郎だ。
 女子、こわい。
 自分ももれなくその女子だが、は恐怖を覚えた。なんで知ってんの!しかしそれ以上に、を驚かせたのは。

「かっこよ…、」
「ちゃうの?」

 花ちゃんの疑問も、耳に入らない。
『かっこよかったって。』
 驚いた。一向に箸が進まないの前で手をひらひらさせながら、花ちゃんが名前を呼んでいるが、今のには聞こえやしない。
 かっこいい。
 金太郎を思い出し、ええええ、と内心首を傾げる。
 かわいい、やと 思っとったんやけどなぁ。




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