「なんや金ちゃん、ひょっとしてまた京都行ってたん?」 夕方、金太郎が自転車を押して歩いていると、蔵ノ介にばったり遭遇した。 その台詞の通り、京都へ行った帰りだったので金太郎が素直に頷くと、彼は大きな鞄を少し肩からずらして、呆れたようにおどけた。 「最近部活休みの日毎回ちゃうん?」 そうだったろうか。きょとんと首を傾げる金太郎に、「せやで。よぉ数えてみ。」となんだか大人ぶった調子で蔵ノ介が言う。 どうやったかなあ、指を折りながら数えだした金太郎に、蔵ノ介は喉の奥で低く笑うと、少しおかしそうに片方の目を開けて金太郎を眺めた。そんな様子の蔵ノ介にはおかましなしに、まだ金太郎は両手で、「えーとこないだの部活の休みが13日やったから〜、えーと、ひい、ふう、みい…」なんてまだ数えている。 その間に蔵ノ介は、よいしょと歩道の植え込みに腰を下ろした。 数えながら、金太郎も隣に腰を下ろす。 辺りはいつかの夕焼けみたいに真っ赤で、蔵ノ介の白い髪は大気の色を映して燃えるように光を撒いた。少しまぶしい。 「んー、わからん!けど前の前はコシマエんとこ行ったでぇ!」 「せやなあ、流石に東京大阪間一日で往復できへんで、月曜結局学校サボった上に越前くんもサボらせたんやんなあ?」 そう言いながら、輝く笑顔で、蔵ノ介が左手の包帯に手をかける。藪蛇だったことを悟った金太郎の、顔がサアッと青くなる。 彼はいまだ、蔵ノ介の毒手を信じているのだ。 「いややああああ毒手こわいいい!」 「東京行く時は全国大会か夏休み冬休み春休みの間だけ!わかった!?」 「わかったあああああ!」 半泣きで頷く金太郎に、「よし!」と頷いて、蔵ノ介は一度、うんと大きく伸びをする。もう秋だ。少し風が涼しい。 「金ちゃんうっかりしとるととられてまうで?」 ふいに蔵ノ介がそう言って、にやにやと金太郎を見る。もう身長を抜かれたくせに、それでもやっぱり、見下ろされている。金太郎はその台詞にきょとりと首を傾げた。 「とられる?」 そのまったく意味がわかっていない様子に、プッと蔵ノ介が噴き出す。 「せや。ちゃんかわいいんやから。」 「はキレーや!」 「へえ!?」 やっぱりずれた返答に、蔵ノ介がまた笑う。 しばらく思い切り笑われて、ムスッと金太郎がしかけたその時だ。びっくりするほど優しい顔で、ふいに彼がその顔を覗き込んだ。 「…で?」 「でって言われても!」 やっぱりおもしろがってもいる。蔵ノ介の顔は、優しいとおもしろい、が半分ずつ同居して、本人が思っている以上に、年長者の顔になっている。 「好きちゃうのん?」 だからその質問は、金太郎にはさっぱり解せなかった。 「好きやで!」 間髪いれずに返ってきた言葉に、うーんそういうことちゃうんやけど、とかなんとか、蔵ノ介が白い歯を見せながら指の先で少し耳の後ろを掻いた。 「同じクラスで一番仲良い女子は?」 「んー…たつた!」 「好きか?」 「好きやで?」 「ほな我らがマネージャーのミホは?」 「好きぃ!」 「ちゃんは?」 金太郎はなぜか自分でもわからず、一瞬返事に詰まった。 まぶたの裏にあの子がわらう。、。赤いリボンの女の子。 「せやから好き…、」 「ぜんぶおんなじ好き?」 蔵ノ介の顔は、やっぱり件の優しい笑顔。ちょっとそれが、金太郎にはむずかゆくって、なんだかとても居心地悪い。おしりの当たりがむずむずするような、子供扱いされてるような。けれどもうんと、大事にされてもいるような。 「え?」 だからその不思議な感じには目をつむって、今はその言葉の意味だけ考える。聞き返した金太郎に、もう一度。 「どれもおんなじか、て訊いとんねん。」 「えええ?」 やっぱりわからない。 そんな様子の金太郎に、もう一度彼は大きく笑うと、ぽんぽんとその背中を叩いた。 |
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