「金ちゃん!!!」 蔵ノ介が携帯を手にしてどこかへかけた――と思ったら目を丸くして、「ちゃん?」なあんやんとこかいな、と金太郎は笑い、ほかの面々も、おおーちゃん!と囃したてた。すっかりこのメンバーの馴染みになっている。 いつもの店の、いつものメンバー。そしていつもの流れである。 「どないしたん、」 しかし蔵ノ介の口から発されたその声が彼らが予想していたのとは違う、気遣わしげなものだったから、騒々しさの中にもそれを聞き逃さなかった数名は、ピクリと会話を止めて彼を見た。 視線の先で蔵ノ介は、ひとこと、ふたこと、短く頷きながら会話している。 その間もユウジと小春に挟まれて金太郎は、ぎゃあぎゃあ言っていた。千里はそれをなだめるのに忙しいし、銀も同じだ。謙也と光は、蔵ノ介の声の具合になにごとだろうと、きょとんと顔を見合わせて、彼を見ていた。 しかし次の瞬間蔵ノ介が試合中でもめった聞けないような大声をあげて、いつものマクドはしんとした。いつものことながら、お店に悪い。 「な、なに!?」 呼ばれてソファから落っこちんばかりに驚く金太郎に、蔵ノ介が真剣な目を向ける。 「金ちゃん、お前京都までいっつも何分で行く!?」 「ええ?」 「何分で行くんや!!」 ただならぬ雰囲気に、当たりがさらにしんとなる。 金ちゃん、とふいに促すような千里の声がして、その声と目を見て、やっと金太郎は我に返った。 「1時間半くらい…?」 その返事に、「はやっ!」「電車とかわらへんやん!」と次々悲鳴が上がる。流石は四天宝寺の人力車。スーパーチャリンコエクスプレス。 「めっちゃ急げ。」 「ハァ?」 ますますわからない。 「めっっっっちゃ!急げ!!!」 言葉と同時に受話器を渡される。 「?」 「き、たろ、く」 泣いてる。一瞬で把握した金太郎が、顔を上げる。 「携帯持ってってええから。」 蔵ノ介のその一言を聞いていたのかいなかったのか、そのまま携帯握りしめて金太郎が階段を駆け下りていった。ドスンガランパリン。景気のいい音。声も立てず顔色も変えず健二郎が、あのアホと叫んで光が、階段を駆け下りていった。 二階のいつもの席から、自転車にまたがって風のようなスピードで駈け去っていく金太郎がチラと見えた。 「どないしたん?」 それを見送りながら、謙也の質問に答えず、蔵ノ介は溜息をついた。「…話は後や。」光のぼそぼそとしゃべる声に謝り倒す健二郎の声、それから店員らしい男の大きな声とが、階下から聞こえて来たのだ。健二郎だけなら謝るのは得意分野だが、なんだかんだで面倒見のいいあの後輩は、目つきと態度と服装があまりよろしくないので、大人からは誤解されやすい。 その視線を追って、謙也も頷く。 「パリン、ってなんやったんやろ…。」 「…眼鏡とかやと、まだええんやけどな…。」 弁償、となると馬鹿にならない。親や学校呼ばれたらどうしようか。すでにあきらめ顔の二人に、千里がのんびりと、「いい音したけんねぇ。」 わらいかける。 それにほっと気勢がそがれて、蔵ノ介も謙也も思わず笑った。 「だぁいじょうぶ!みんなで謝りまショ!そうすればなんとかなるわよぉ〜!ねえユウくん!」 「せやなあ!小春ぅ!」 緩んだ空気を暖めるように声を上げる二人は相変わらず頼もしいような、頼もしくないような。 「…とりあえず俺らも下行こか。謙也、来る前にオサムちゃんに連絡しといてくれるか?」 おう、と頷いて、やれやれと彼らは顔を見合わせてちょっと笑った。多少のリスクは仕方がない。なにせかわいい、後輩の一大事であるので。 |
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