「では、留守を頼みます。」
誰もがうっとりとするようなまろやかな微笑を浮かべて首を傾げたアルウェンに、はごく自然に 「はい、」 と似たような微笑を返した。長い黒髪の、二人のエルフ乙女が、向かい合ってしばしの別れを惜しむ様は、うつくしく、そして愛らしかった。季節は夏で、翡翠の光が二人に幾筋もの柱になって降り注いでいる。二人の面差しはよく似ていて、姉の方が水晶で出来た花ならば、妹の方は水でできた花だった。もはや誰も、この二人が姉妹と言われればそうかと感嘆しながら頷くに違いない。
「お土産は何がいいかしら?」
「アルウェンが無事に帰って下さればそれで。」
「まあ!少しはわがままをいっておくものよ、。」
「ふふ…、では、お手紙をたくさんくださいな。あとハルディア様に、手紙が届いたか確認してはいただけませんか?」
「あら、どうしたの?」
「四年ほど前にお手紙を出したのだけれど、お返事がないものだから…届かなかったのかしら?それともまだエルフ語を覚えてすぐだったので、何か失礼があったのかも…もしそうなら、謝りたいのです。」
まあ、と声を少し大きくしたアルウェンにが困ったように微笑する。
人間の時で八年を数えて、ようやっとは、この世界に、定着したようだった。
それに安心してアルウェンは、しばらく裂け谷を空けることができるというものです、とおかしそうにわらう。そもそも彼女は、裂け谷よりロリエンにいる時の方が多いので、こんなにも長い間、生家にいたのは久し振りのことであったかもしれない。せっかくできた妹としばらく離れるのは名残惜しいが、祖父母が孫娘の到着を心待ちにしているので仕方がない。も連れて行こうかと思案してもみたが、父親と祖父母からの許可が出なかった。
「まったく!我が妹の手紙に返事を返さないだなんて、なんて殿方かしら!」
麗しい眉を少し釣り上げてみせるアルウェンに、が 「まあ姉さま、」 と慌てる。その呼び名だけで満足そうに、夕星の姫君は眉を優しい形に戻した。
あまり長い間、を裂け谷から出さぬ方が良い。
それが先見の力を持つ父と上古のエルフたちの出した答えで、それがのためであるのならばアルウェンに否やはなかった。けれども諦めない彼女の、では一年や二年くらいなら大丈夫ですか?という質問に、父親が眉間の皴を深くする前に、祖母が「わたくしもたまにはもう一人の孫娘に会いたいわ。」
と言い始めたので、時折がロリエンを訪ねることも決まった。
離れるのは少しさみしいけれど、かわいい妹と手紙のやりとりをするのも楽しみであったし、なによりエルフに時の流れなどはほとんど関係のないことだった―――特に彼女のような、まだ若く嘆きの浅いエルフには。だから十年に一度でも、妹がロリエンに来て共にしばらく生活できるというのなら、なにも不足はない。
ただ、自分のいない間に、兄たちの方がと仲良くなりはしないかしら、という子供じみたかわいらしい心配はあるのだけれど。
「困ったことがあったらすぐに手紙を書くのですよ。飛んで帰りますからね。」
頼もしい姉の言葉に、妹が嬉しそうにはいと頷いて笑う。
では行ってきますねと言う言葉に、行ってらっしゃいと微笑みが返る。当たり前の挨拶だけれど、とてもうれしいわ。
思い出してアルウェンは、小さく馬上で微笑みをこぼした。
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