(だいじ) どんがらがっしゃんと、裏庭で派手な音がした。 それにぎょっとしてキッチンから飛び出すと、裏庭の納屋が、何故か一部粉々に吹き飛んでいる。 ―――なぜだ。 一瞬目を点にしかけた彼の目に、すぐにそのなぜの理由が飛び込んできた。 「HEY!アーサー!遊びに来たんだぞー!!!」 なるほど、向こうの家から庭を突っ切り納屋を吹き飛ばしてきたらしい、木の葉や納屋の破片を頭からかぶりながら、いたって健康そうにそこに立っているのはアルフレッドだ。犬がさっそく、嬉しそうにとびかかってお出迎えしている。 玄関から来い、納屋をどうするつもりだ、怪我はないのか、なんでここにいるんだ、久し振りだな、っていうか納屋をどうするつもりなんだ、まったくお前は常識ってもんがない、納屋を!どうするつもりなんだ! 言いたいことは山ほどあって、どれも言葉になりきらない。結局つまるところ、突然とは言えかわいい(とは決して本人の前ですら言わない)弟分の来訪に、彼は内心ウキウキなのだ。しかし、もちろん素直ではないのでそれをそうと言えない。 「…ばっ、ばっかお前来るなら事前に連絡しろよなっ、ていうかお前が会議でもないのに俺ん家に来るなんて珍しい…ってべつに誰も嫌なんていってないんだかr「あ〜うるさいよ、君。俺は"アーサー"と遊びに来たんだぞ!」 な〜と言ってアルフレッドがにこにこ前足を持ち上げるのは裏庭の犬だ。 犬好きを公言してはばからないアルフレッドは、彼の犬もまたお気に入りだった。人見知りというものを知らない犬も、もちろんアルフレッドを気に入っている。 ああ、どうせ。彼はちょっと手のひらで目を覆う。別に泣いてなんかない。泣いてなんかないぞ。アルが"俺"に会いに来るなんてそんなミラクル、そんな、ミラクル…。 ちょっと雨模様になりそうなロンドンの空に気づかず、アルフレッドはきゃっきゃと犬と戯れ続ける。 「いや〜!菊から"アーサー"に会ったって聞いて、久し振りに会いたくなって来ちゃったんだぞ!ん〜!相変わらずお前は誰かさんに似ないで人懐っこいいい子だなー!」 アーサー、アーサーとなんども繰り返して、アルフレッドが犬を撫でる。 アルフレッドはその犬の名前を知る数少ない人物の中でも、ことさらにその名を連呼したがる部類なので、彼にとっては手に負えない。その由来も、その名をつけた人のことも、多少なりと知っていてそうするので、性質が悪いとしか言いようがない。。 アルフレッドが、あるいはその由来を知る人がその犬に「アーサー」と呼びかける度、恥ずかしくて死にたい、と彼はそう思っては耳まで赤くなる。もちろんそこがおもしろがられているのだとは気付いてもいない。 今日もおもしろいくらい赤くなる彼を見て、アルフレッドは陽気な笑い声をあげた。犬も笑うように吠えて、それにアルフレッドが、珍しく大人びた微笑をする。 「でも"アーサー"、ほんとに年取ったな。」 「は?」 思いもよらずしんみりとつぶやかれたアルフレッドの言葉に、彼は目を丸くして、固まった。 「は?って君、一緒に暮らしてておもわないかい?昔だったら、俺が庭に登場した時点で、はっ倒されてたぞ?」 確かに昔は元気が有り余っていて、このアルフレッドですらしょっちゅうひっくり返されていた。 「もう年なんだから、ちゃんとケアしてやるんだぞ!」 そうじゃなきゃ許さないからな! ―――言われなくても。 そう言いたかったのに口が動かなかった。 この犬が老いている? 相変わらず朝も早くからうるさく吠える。散歩の時には彼は引きずりそうになるは、立ち上がれば肩までくらいある大きさだし、小人たちと遊んだり、餌だってモリモリ食べるし、とかく騒々しいこの犬が? 言われなくても、彼にはこの犬を大事にするしか選択肢はない。だって彼女の犬だから。大事にすることは、この犬がいてこそ成り立つ前提であること、彼は見ないふりをしている。 そんなこと言われなくても。 彼はそのまましばらく、庭にじっと、ただ立っていた。 |
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