。アルフレッドの友人。日本から来たフリーのルポライター。紀行文を主に書いている。現在ある雑誌社との契約でアメリカでの徒然とした生活や少しマイナーな観光スポットなどについて執筆中。そのためかしょっちゅうどこかへ旅行へ出ている。優雅なもんだなあと感心すると、「5年に一度あるかないかの大手雑誌社との契約です、とことん経費で落として領収書切りまくります!」 と領収書なる文化のないアメリカで鼻息を荒くする。その癖無駄遣いをしないというかシビアな金銭感覚を保っていて、ケチケチしているわけではないがちゃっかりしている。基本的に真面目な性格なのだが、時折無表情のまま際どいジョークを飛ばすので、そういう場合大抵居合わせた人間は冗談なのか本気なのか判断に困る。水のように酒を飲む。酒を飲んでもまるで平常と変わらぬ無表情をして、酔ったそぶりも見せない。淡々とジョッキを空にしていく様子は機械的ですらあって少し怖い。いつ会っても化粧っ気がなく、シンプル通り越して素っ気ない服装ばかり。淡泊だがきれいな顔をしているので、もっと飾れば見違えるだろうにとも思うが、それが彼女のライフスタイルなのだろうし、なんとなく、付き合ってみるとそれが彼女の性格や貌にしっくりきているのがわかるので別に文句はない。飾らない性格なのだと言っておくと褒め言葉に聞こえるが実際褒めている。ただもう少し表情のレパートリーは増えたほうがいいと思う。性格も見た目を裏切らず素っ気ない感じがするが、人の話は真面目に聞くしまともに返答する礼儀正しい人物である。オジギという文化にはいまだに慣れない。愛想がないのは生まれつきだと自分で公言して憚らない。愛想がないというよりは表情がない。その生来の無表情のせいで、何を考えているかよくわからないところがある。恋愛ものよりSFやホラー、サスペンスと言った映画が好きらしく、最近はスーパーなんちゃらというテレビのドラマシリーズにはまっている。たまに知らない人名を口に出したと思うと大抵ドラマの登場人物だ。一度アルフレッドとアパートに行ったことがあるが、男の一人暮らしより生活感がなかった。1DKの間取りに、家具は冷蔵庫とその上にのった観葉植物のポット、それから古いラジカセとテレビ、以上。何処で寝るのかと驚いて尋ねたら布団を敷くのだとクローゼットを指差した。きちんと畳まれた布団が新品同様に収まっていた。それから結構な頻度で鼻歌を無意識に歌っているが日本語なので、ときおり挟まる変な発音の英語部分だけ、彼には聞き取ることができる。植物の話、とくに目の前に現物を置くと途端少女のようにやわらかい雰囲気になる。多分年下。そういえば原稿を一度見せてくれと知り合った当初から頼んでいるのだが、なぜか「セクハラになる」という理由で断り続けられている。若干落ち込む。たまに眼鏡をかけてる。
 真っ黒の目は本当の漆黒で、底のない暗闇を覗くような、宇宙を閉じ込めたような、不思議な静謐さに満ちている。
 それがここ半年でアーサーの知りえたの情報すべてだった。

 出会ったのは秋の初め、冬も過ぎ、春が来ようとしている。クリスマスもニュー・イヤーも実家に帰らなかったは、アルフレッドの提案でクリスマス、アーサーも含めて彼の自宅のパーティーに招かれて盛り上がった。アルフレッドの母親の、あの蛍光ピンクのケーキにはオルカも普段から白い顔をもっと白くしていたが、楽しかった。アーサーも、比較的早くに両親ともに亡くなって、ハイスクールを卒業するまではずっと隣家のクリスマスパーティーに寄せてもらっていたから、数年ぶりにそのことが懐かしく思い出された。ついでにあのショッキングピンクのケーキの後味も、ガツンという衝撃と共に舌の上に鮮やかに蘇った。招かれた礼にと彼が手作りして持参したスコーンは、彼が酔っぱらったうやむやのままにそういえば食べなかった。あとでジョーンズ家のみなさんで食べたのだろうか。がお土産に持ってきたテマキズシキットは楽しかったし美味しかった。アルフレッドとその父がすっかり盛り上がって、「ヘイラッシャイ!ヘイオマチ!ヘイラッシャイ!!」と何度も交互に繰り返していたのが最高に面白かったっけ。
「帰らないのか?」
 ニュー・イヤーはわざわざ長い時間車を飛ばして自由の女神を登りに行って、でたらめに騒ぐ連中に混じって盛り上がった。テレビに映ろうとちょっと躍起になったり、年甲斐もなくはしゃいだなと今になって彼は少し反省している。その質問に、がうっすらと微笑して、「遠いですからね。」と答えた。
「確かに日本は遠いけどさ、半日飛行機にのってりゃ着くだろ。」
「いや〜そこからがまた遠いんですよ。それに私のルポはアメリカでの日常生活含めですからね…ならやっぱり、クリスマスもニュー・イヤーもこちらで過ごすべきでしょう。」
「…仕事人間め。」
「褒め言葉ですね。」
 軽く笑ってはいつものなんでもない顔をする。そういえばあまり家族の話も聞かないし、事情があるのかもしれない。と勝手に思っていたが、アルフレッドに聞いたら「交通費ケチってるんだよ!」と大笑いされた。…心配して損した。


「仲良くやってるみたいじゃないか!よかったなあアーサー、女の子の友達ができて!」
 バーのカウンターに並んで持たれながら、アルフレッドがアハハと笑って彼の肩をバンバン叩く。なんとなく憎い。
「うるさいばかぁ、お前が仲良くしろっていうから俺はだな〜!」
「あーわかったわかった!…ってよく見るとかわいいだろ?」
 飾りっ気ないしインパクト弱いからなかなか気づかないけどさ、とアルフレッドが得意げに笑い、それに彼は、無意識に恐る恐る、緊張する。
「こっちに仕事でひとりで来てて友達もいないしさ、仲良くしてやってくれよ!」
 おう、と返事をしながら、どうしてか、アーサーはまっすぐアルフレッドの顔を見ることができない。いつの頃からだろう。小さかった幼馴染は彼の伸長をゆうに追い越し―――働き始めた頃からだったろうか、それとももっと前から?時折アーサーが目を合わせることすら憚るような、冴え冴えと冷たい何の感情もない眼差しで白々と笑う時がある。
「でも手ぇ出しちゃだめなんだぞ!」
 見なくてもわかる。今がその時だ。ぜったい目が笑ってない。
 なんとなく冷や汗をかきながら、「なに、お前ら付き合ってんの。」と笑う声がひきつってかすれた。それにアルフレッドが、嫌だなと音だけは陽気に笑い声をあげる。
「そんなんじゃないよ、そんないんじゃないけどさあ、」
 もう一杯ビールを注文しながら、彼はちらりと横目でアルフレッドを見た。
 眼鏡の奥で青い瞳が、白々と静かに彼を見ている。

「困るんだよね。」

 ぞっとする心地を拭い去るように、彼はビールを喉の奥に流し込む。