「アルさん急患ですよ〜。」
「え〜?なんだい急患は自分でそんなこと言わないんだぞってNOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
 勝手知ったる人の職場で、アルフレッドの研究室まですいすいとたどり着いたがおどけた挨拶をすると、悲鳴が返ってきた。当然と言えば当然で、自称急患の彼女の腕からは、いまだ止まることなく真っ青な血が流れ続けている。

 流れる血と思考停止したアーサーをまるで気にせず、狭い路地を出てすぐのところでは黄色いタクシーを捕まえた。「お客さん困るよその青いの!なんだい?」「クリーニング代弾むから許してよ。ハロウィンの練習してたら仕掛けが壊れて止まらなくなっちゃったんだ。私フランケンシュタイン、こっちヴァンパイア。」いつになく陽気に人懐っこい話し方をする。ちなみにこっちと指差されたのはアーサーだ。「おいおいハロウィンまでまだ半年もあるぜ!」「そう言わずにさ!ほら、これだけあれば車をクリーニングに出してる間にのんびり三時のおやつから休暇を取って、奥さんと日本料理のレストランでディナーができるよ。おまけに知り合いのやってるレストランの割引券も付ける!」「…、」「ここ、美味しいよ?」「―――知ってらあそこ!くっそ、しっかたねえな…のんな嬢ちゃん!まったくクレイジーだぜ…っていうか隣のあんちゃん真っ青だけど大丈夫か?」「絵具ついてないはずなのにおかしいねえ。」「HAHAHA!」「さて、国立航空宇宙博物館お願いします。」「変なとこ行くねえ!」「あはは。仕掛けを作ってくれた友達がいるんですよ!文句言うついでにこれ止めてもらわないと!」
 よくもまあこれだけ、舌が回るものだ。タクシードライバーがノリのいいあんちゃんでなかったらどうするつもりだったろう。しかし捕まえたタクシーのあんちゃんはいいやつで、おまけに安全運転であっという間に目的地に着いてしまった。

 逃げればよかった。
 今アーサーは心底思っている。あのときは呆然自失で、足が勝手にフラフラとの後を追ったのだ。そうしてタクシーからも自分の足で降りて、さっさと博物館の裏手に回るについて歩き、こうしてアルフレッドの研究室まで来てしまった。
 アルフレッドはパソコンの画面から目を上げて振り返るなり悲鳴を上げた。それはもちろん驚きの悲鳴で、けれどもの血の青いことに対するものではないとアーサーはその声が耳に入った瞬間に悟った。それと同時にどこか遠くで、ああ、どうしてもっとこの青を見た瞬間ではなく、タクシーの中ででも悲鳴をあげてしまわなかったろうと思う。そうすれば、そうすればきっと、今から起こる何かに遭わずに済んだかもしれないのに。
 うっそりと思考を再開し始めたアーサーに気づかず、アルフレッドは大声で騒ぎ続けている。
「ギャアアアアどうしたんだいそれっ!!」
「切った。」
 スパッと、とあっけらかんと言う彼女に対してアルフレッドはパニックだ。
「切ったってそんなギャアアアもったいないなに垂れ流してんのっていうかどうやってここまで来たんだい君!」
「タクシー。」
「NOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
 頭を抱えてアルフレッドが叫ぶ。なんてこった!オー・マイ・ゴットネス!その叫びに、ちょいちょい、と彼の大きなジャンパの裾を引きながら、が彼女の背後の幽霊を指差す。

「それよりもっと、なんてこった。」

 の指がさす幽霊、もといアーサーの目と、アルフレッドの目が合う。
 Oh my、今度こそアルフレッドの絶叫は声にすらならず、静寂となって転がった。