「で…つまり?」
 アーサーの目は徹夜明けでも飲み過ぎでもないのに完全に座っている。
「alienだ。」
「なんだって?」
「だから、エ・イ・リ・ア・ン。extraterrestrial life!略してET!」
「…なんだって?」
「だから!君も対外しつこいな!エイリアンだよエイリアン!!地球外生命体!A!L!I!E!N!エイリアン!!!」
「……………はぁ?」
「うっわ君心底いやそうな顔したな今!」
 アルフレッドの研究室で、机を挟んで構図的にはアーサーVSアルフレッドとエイリアン、だ。いつもは陽気な顔を珍しく真面目に、疲弊したように歪めて、アルフレッドがもう一度、大きなため息を吐く。やっかいなやつにばれちゃったなあ、という顔だ。その隣で腕に包帯を巻かれたが、ちょこんといつもの無表情を崩さず腰かけている。
「俺はぜってー信じねえからな!」
「そう言われてもなあ!」
 とアルフレッドが顔を見合わせる。もうこのやりとりは、五回目くらいなのだった。
「だいたいなんだよエイリアンて!俺はなあ!SFってのが大嫌いなんだレッドドワーフ以外のSFなんざクソだ!スピルバーグなんてクソくらえだ!!」
「君それでもアメリカ人かい!レッドドワーフって相当古いよ!」
「古くたっておもしろいからいいだろうがそして俺はアメリカ人だがイギリス系だばかあ!」
「…なんか話がそれてません?」
 冷静なの指摘に、はっと二人が我に返る。
 そうだった、いま大事なのはSFについての賛否両論ではないし、スピルバーグについてでもなく、ましてやレッドドワーフなんてちょっとばかりマイナーなイギリスのSFコメディー(主にブラックジョークと下ネタ)テレビドラマの話なんかでは絶対になく、さらにはアーサーがイギリス系アメリカ人だとか、そういうことは、どうでもいい。
 今重要なのは、、その人がこの星の生物ではないというその一点のみであり、それをアーサーがいかに納得するかだった。

「だってほんとですよ?」
 見たでしょうが、青い血。
 アルフレッドも一緒になって、の腕を指差す。確かに先ほどまでそこからは、しとどに青い血があふれていた。しかし。しかしである。アーサーは素直に頑固で融通が利かないだけではなく、柔軟性にも欠ける男。
「お前ら二人ぐるになって俺を陥れようたってそうはいかねーからなあ!」
「君って相当面倒くさいんだぞ…。」
 疲れ切ったアルフレッドの声。何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しいため息が漏れる。この台詞も、もう何度も聞いたのだ。緑の目を泣きだしそうにうるませ、しかし臨戦態勢の獣のように肩を怒らせて、アーサーが全身で息をしている。威嚇する猫のような、荒い呼吸。
 しばらくの沈黙があって、ようやくが、パチンと両の手のひらを叩いた。
「…じゃあそういうことにしましょう!やーいやーいだっまされた〜!」
「ドッキリ成功!なんだぞ!」
 それに乗っかって、きゃっきゃと声を上げ始める二人に涙目のアーサーが、「くっそびっくりさせんなばかあ!ほんと死ぬほどびっくり…」そこまで言って、止まる。
 ―――お?

「って騙されるかアアアア!!!」
「アーサーさんちょうめんどくさい。」
 ついにはエイリアンにまで、言われてしまった。
「百歩譲って認めるとして!エイリアンが地球に何の用だよ!まさかしっ侵略しにきたのか!?」
 その問いにとアルフレッドは冷めた目を見合わせ、はあと白々としたため息を吐く。
「あのねぇ、アーサー。君、SF映画の見過ぎなんだぞ!」
「そうですよ。そもそも侵略者なら、私とアルさんが仲良しなのもおかしい話でしょう。」
「…………アルっ!お前、まさか!!」
 思いっきり疑いと軽蔑の目で、アーサーがアルフレッドを見る。
「…だからなんでそうなるんだよ!」
 はあ〜っと長いため息が二人の口から再び漏れた。
 ああ、めんどくさい。
「いいですか?アーサーさん。まず第一に、確かに私は異星人ではありますが侵略を目的にはしていません。この星には、宇宙銀河連盟の未開惑星保護条約が適応されていますから、侵略を目的に外部惑星からの入星は不可能ですし、まずはっきり正直に包み隠さず申し上げると、この星を侵略したところでいかなる惑星、異星人にも大したメリットはありません。」
 大層な手間暇と費用と面倒はかかりますが、とは真顔でズバッと言い切った。「なんとなく悔しいことにね!」と隣でアルフレッドがうんうん頷く。
「第二にアルさんはれっきとした地球人ですし、地球を売った裏切り者でもありません。ここ国立航空宇宙博物館の役割は二つ。ひとつは合衆国の航空と宇宙開発の歴史を保存展示する博物館としての役割。もうひとつはこの国、この星に訪れる異星人のサポートとその代価として許された異星人研究です。」
 ちなみに入星審査や出星審査はNASAが取り仕切っています、とこれまた真面目な注釈付き。
は俺が初めて担当したエイリアンなんだぞ!」
「まあこの星の基本的な常識や基礎知識の習得、生活するにおいて必要な戸籍を用意していただいたり、衣食住のサポートや職の斡旋、その他細々とした日常の困り事から健康管理など、地球暮らしを全面的にサポートしていただいています。」
「もちろんその代わりに、未開惑星保護条約に触れない程度に、高度に発達した文明やら科学やら医術やら文化やら、それから異星人の体組織の研究だとか、生体研究だとか、とにかく色々協力して教えてもらって調べさせてもらってるんだぞ!」
「持ちつ持たれつってやつですね。」
 ねーと顔を見合わせてパチーンと両手をハイタッチさせる地球人(アメリカ人男性)と異星人(N85星雲■■■(地球言語に翻訳不可能)星人女性)の構図にアーサーは頭痛通り越して目眩がしてきた。宇宙人って、エイリアンって、なんか、違うだろ。なんかこうじゃないだろ、と思うが彼の頭の中にあるそれらに関する知識と知ったらすべてフィクションで、今眼前に展開される光景こそがノン・フィクションだなんて、やっぱりどこかにドッキリカメラでも仕掛けてないかと疑ってしまっても仕方がない。

たちの血ってすごいんだぞ!っと…ここから先は研究機密さ!」
「うふふ、」
 帰りたい。家にも帰りたいがなにより何も知らなかったあの日に帰りたい。
 ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、アーサーがうめく。夢ならいっそ覚めてくれと願っても、やっぱり覚めるはずもなく、彼はもう一度、大きく頭を抱えた。